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Vol.87 経営者不正を考える (2018年12月19日)

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【ビズサプリ通信】

▼ 経営者不正を考える

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こんにちは。ビズサプリの辻です。 早いもので2018年の最後のメルマガとなりました。みなさんにとって今年はどんな1年でしたでしょうか。

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■ 1.2018年の不正・不祥事

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不正・不祥事については2018年もずいぶん多くの報道が行われました。昨年から引き続きモノづくりの会社の品質不正が次々明らかになりました。これらの改ざん行為はあまり罪の意識がないまま長年業務として淡々と行われていたことがわかっています。「顧客と約束したスペック」といった契約文書で交わした「ルール」が建前と捉えられ、前例や口頭での引継ぎが重視されるといった企業文化であったということが推測されます。

また、印象的なものとしては「日本大学のアメフト問題」から端を発したアマチュアスポーツ界のハラスメント問題が一気に表面化しました。私が子どもの頃(数十年前の話ですが、、、)のスポ根漫画は、「ハラスメント」に耐えながら逆境を乗り越えていくこと自体がメインストーリーでした。ただ、今はそのような指導方法は言うまでもなくNGです。前回のメルマガで書いた「医学部の入試問題」も「品質不正」も「スポーツ界のハラスメント問題」も、長年「こういうものだ」と思われていた組織内部での常識が、世の中の常識と大きくずれてしまっていることで不正・不祥事が表面化してきたという共通の特徴があるように思います。

そして、なんといっても年の最後に来た日産自動車のゴーン氏問題です。ゴーン氏といえば世界的にも著名な名経営者であり、報酬や私的に使用した(と言われている)金額も使用使途も、少なくともわが国においては桁違いの金額や常識外れの使用使途であるため、どうしてもセンセーショナルな報道になりがちです。新聞報道などでは、「今回の件を他山の石としすべし」といった記述もありますが、「日産のゴーンさんだからこのような状況になっていた」という要素も多分にあるため「他山の石」とするのはなかなか困難に思います。

今日は、もう少し一般化した「経営者が行う不正」という観点で考えてみたいと思います。

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■ 2. 一般的な不正の類型と不正

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一般的には不正の手口は下記の3つに分類できます。(日本公認不正検査士協会 「不正検査士マニュアル」より)

1.賄賂・談合のような法律違反

2.資産の不正流用

3.報告(財務・非財務)不正

ゴーン氏逮捕の夜に開かれた西川社長の記者会見では、ゴーン氏の行った不正は上記のうち「2.資産の不正流用」と「3.有価証券報告書の虚偽記載」だということが明言されていました。

「2.資産の不正流用」には具体的には下記のような手口があります。

● 実態のない業務委託契約を締結し、親族の会社に振り込む

● 勤務実態のない親族等に給与を振り込む

● 私用の費用を会社に請求し支払いを行う

● 会社の情報資産(営業秘密や顧客情報、特許情報)等を横流しする

また、3.については、粉飾決算などの財務報告不正、データ・表示の偽装等の不正等があります。

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■ 3.経営者による資産の不正流用

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経営者による資産の不正流用は、一般的にはオーナー経営者又は経営者としての在任期間が長いなどで、たとえ周囲が何かおかしいと気が付いたとしても「おかしいとは言えない」状況で生じることになります。

資産の不正流用は最も発生件数が多い不正の手口です。ほとんどの場合が、私腹を肥やすため、個人の金銭欲を満たすために行う事が多いものです。このため、通常は、不正実行者の上司や同僚等が気付きさえすれば、それなりに行動が起こされ、是正がされていきます。そして、このような不正を「早く気付く」ための仕組みが「内部統制」です。つまり、不正リスクを十分軽減するような適切な内部統制が整備され、そして当初想定した通りの運用が確実に行われることで、資産の不正流用リスクは抑えることができます。

しかし、不正の実行者が経営者であった場合、経営者が、内部統制を無視したような指示を出すことにより内部統制が無効化されてしまうことがあります。具体的には、たとえルール上は認められていないような経営者家族の私的な旅行の代金について「請求書」と「支払申請」が経理財務部門に回付されてきたとします。経理財務部門は誰の申請であったとしても「社内ルールではこのような支出は認められない」とルールを楯にして、突き返すことができます。これは、会社の経費の公私混同を防ぐための内部統制の仕組みです。

しかし、その申請が経営者の支出であった場合、経理財務部門としては「突き返しづらい」という心理的なハードルがあるでしょう。また、たとえ勇気のある経理財務担当者が「この旅行代金は私用でしょうか。それとも社用でしょうか。」と聞くことができたとしても、例えば社長室から「社用です」と言われてしまえば、踏み込んで指摘し、突き返すことはほぼ不可能ではないでしょうか。そして、その社長が先ほど指摘したようにオーナー経営者やカリスマ経営者であればなおさらのことです。

では、内部統制は経営者の資産の不正流用に全く無効かといえば決してそうとはいえません。不正流用に関する内部統制が整備、運用されている会社においては、経営者といえどもそれを無効化するのには結構な手間と労力がかかるものです。また、普段からコンプライアンスや倫理を語っている本人が、例えば公私混同と取られかねない支出を指示すること自体、自分の発言との矛盾に違和感があり、心理的なハードルが高くなることは間違いありません。経営者不正に対しても内部統制を矮小化することなく、地道に整備・運用していくことは重要と考えます。

そして最近は、内部通報制度や内部告発により、公私混同の事実が社外に伝えられるという時代になりました。平成28年度の消費者庁の調査では従業員3,000名以上の会社での内部通報制度の設置率は99.2%(ちなみに1,000名〜3000名の会社でも93.5%)、そのうちの77%が外部受付窓口を持っています。今回のゴーン氏の件が記者会見で言及されたように本当に内部通報から発覚したことかどうかはわかりませんが、「経営者の公私混同は、内部通報又は告発という形で外に出るんだ」ということが広く認識され、経営者も含めて緊張感が出るようであれば、それはそれでいい効果があったのではないかと思います。

今回の日産の件では、経営者の力が非常に大きく、内部通報への対応として司法の力を借りるというかなり特殊な状況ですが、そのような場合は稀で、通常は経営者の公私混同、不正支出があった場合には、監査役や社外取締役が十分な監督機能を発揮すれば、詳しい調査が行われることになるでしょう。

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■ 4.有価証券報告書の虚偽記載について

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ゴーン氏が起訴された直接の容疑は、有価証券報告書虚偽記載となります。有価証券報告書のわが国の開示のルールでは、報酬額が1億円以上であれば個別にその報酬を開示することになっています。漏れ聞いた話によると、「1億円ルール」ができたときは日産の件とは桁が違いますが、1億円を何とか下回るように「報酬の後払い」ということはそこここで起きた話だったとのこと。当時、それほど開示にあまり積極的ではなく、また横並び意識が強かった日本人の気持ちとしてはわからなくもない感覚ですが、本当に情けない話だと思ってしまいます。経営者であれば、開示して恥ずかしい報酬をもらうべきではないと個人的には思います。

報酬開示の趣旨は、株主から委任を受けた取締役が、その働きに見合った報酬をどのように決めて、いくらもらっているかを示すものです。その全員の報酬を記載するのが本来の姿であって、そもそも1億円以上という線引きをするから、「高額」な人だけを洗い出してランキングするといった報道にもなるのだと思います。1億円未満であっても全員の役員報酬を開示している会社もあります。実際、この事件が起きる前から金融審議会のディスクロージャーワーキンググループでも役員報酬の開示ルールについては見直しをしていく旨報告されています。今後は報酬プログラム(算定方法)や実績についてより積極的なディスクロージャーが求められるようになっていくと思われます。

そして、今回虚偽表示の対象となった報酬の記載は公認会計士の監査対象外です。このこと自体に驚かれた方も多いと思います。私自身もお客様に説明すると「そうなの?」と驚かれました。したがって今回のゴーン氏の件であまり会計監査の是非について大きな議論になることはないかもしれません。ただ、同じ「有価証券報告書」という書類の中、しかも数字の部分について会計監査人の監査対象とそうでないものが混在していること自体、社会一般からみれば非常にわかりづらく、さらに公認会計士への信頼を損なっているようで大変残念に思います。今後、有価証券報告書における監査対象外の情報への公認会計士の関与が検討されることになるのではないかと思います。

会計士業界としては、今回の件から「会計監査には関係がない」と安心するのではなく、監査が「社会」から認めてもらうため、「社会からの期待」に応えるため、会計監査の役割をどのような情報発信をしていけばいいのか、また経営者不正についてどのように対峙していくべきかよくよく考えないといけないように思います。

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■ 5.年の終わりに

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ゴーン氏の問題が法的に違法行為だったかどうかは裁判所の判断に任せるとして、「コンプライアンスの意味は、法律さえ守っていればいいのではなく、広く社会一般から求められる“倫理的”な行動かどうかも含まれる」ということ考えるとやはり不適切な行為も多くあるように思います。すっきり背筋を伸ばして年を迎えるために倫理的な判断を行う基準をご紹介します。A seven-step guide for ethical decision-making (Michael Davis 1999)の中で判断を自らチェックをする際のチェックポイントの一部分を抜粋し、わかりやすく加工したものです。

・その選択肢は他の選択肢に比較して害は少ないか

・その選択肢は新聞報道(今ならWEB)等で公にしてもらいたいか

・その選択肢は、公に説明ができるものか

・自分がその選択肢の影響を受ける側になっても同じ選択肢をとるか

・家族・同僚・組織のコンプライアンス責任者はその選択肢を支持してくれるか

来年が重要な判断の局面で倫理的な判断を行うことのできる皆様が幸多き年になりますように。 平成最後のお正月、どうぞよいお年をお迎えください。そして、ビズサプリグループを来年もどうぞよろしくお願い致します。

Merry Christmas & Happy New Year

本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。

カテゴリー
会計
内部統制
ガバナンス
不正
IT
その他
執筆者
辻 さちえ
三木 孝則
庄村 裕​
花房 幸範​
久保 惠一​​
泉 光一郎

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