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Vol.82 のれん費用化の国際的な会計処理が見直される? (2018年10月3日)

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【ビズサプリ通信】

▼ のれん費用化の国際的な会計処理が見直される?

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こんにちは。ビズサプリの花房です。今年は台風が多く、先週末も台風24号でものすごい強風ではありましたが、事前対策がしっかりされたことや休日でもあり、それほど大きな被害が出ずホッとしています。ただ今週末には台風25号の進路が24号と似通っているようで、日本に上陸する可能性もありそうなので、引き続き注意が必要ですね。1ヶ月前の台風21号は西日本を中心に甚大な被害をもたらしており、改めて自然の怖さを思い直すとともに、台風により被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。

さて、先日日経新聞のニュースで、「国際会計基準(IFRS)を策定する国際会計基準審議会(IASB)が、企業買収を巡る会計処理の見直しに着手したことが明らかになった。」との記事がありました。(今後)「費用計上義務付けの議論を始め、2021年にも結論を出す。」とのことで、今までは減損一辺倒であったIFRSにおける、のれんの会計処理が、規則償却を基本とする日本基準に近づく可能性が出てきました。

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■ 1.見直しの背景

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のれんの償却について見直しの議論が深まった背景としては、最近の大型M&Aの増加に伴い、B/Sでののれん残高が積み上がって来ている、ということは、大きな理由の1つだと思います。同記事には、欧州の主要600社ののれん残高は240兆円、アメリカは主要500社で340兆円ののれんが積み上がっているようで、対して日本においては、国内IFRS導入企業(約160社)で約14兆円、とのことです。

日本の企業でもIFRS導入企業の方がのれんは積みあがる傾向にあり、TOP3として、ソフトバンクで4.3兆円、JTは1.9兆円、武田薬品工業1兆円の順となっています(武田については、今後シャイアーの買収が成功すれば、3兆円規模ののれんが加わると言われています)。

M&Aが盛んな企業において、特に大型買収案件を数多く成功させている会社は、場合によってはのれんが自己資本と同等かそれを超える場合もあり、仮に減損によってのれんが一気にゼロになってしまうようなことがあれば、債務超過になってしまいかねません。日本における最近の話題ですと、ビズサプリのメルマガでも何回か取り上げましたが、東芝がウエスチングハウスの不正を発端とする多額の減損で、一時債務超過に陥り、上場廃止になるかどうかの攻防がありました(結果的に債務超過は解消され、上場も維持されています)。

のれんの費用化を減損だけに依拠すると、投資先が順調な時は基本的に問題になりませんが、いざ経営が傾くと、巨額の減損リスクを負うハメになるという意味では、一種の「爆弾」を抱えていると言っても言い過ぎではないと思います。のれんが積み上がっている状況は、ある意味爆弾をたくさん抱えることになるので、のれんの会計処理ルールを「減損」から「償却」ベースに変えることで、のれんの一方的な増加を抑え、企業のバランスシートを健全に維持して行くことに繋がります。

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■ 2.償却することの理論的根拠

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そもそも「のれん」というのは、会計理論上は「超過収益力」を意味します。それは、ブランドであったり、同業他社より優れた経営効率・技術力・成長性等を持つことによる、超過収益力への対価として、プレミアムとして支払われるものです。理屈上は、のれんの効果が続く期間、想定される収益を生み出した場合、のれんの支払を差引いて初めてペイするため、より大きな収益を挙げれば、あるいは想定よりも長期にわたってのれんが継続すれば、買収は成功したと言えますし、ブランド価値がそこまでないとか、キーマンが辞職したりで想定より収益を挙げられないと、プレミアムがそのまま払い損となってしまいます。

そして会計処理上難しいのは、「のれん」がソフトウェア、その他の無形資産同様、『見えない価値』であることです。つまり、のれんが生み出す収益をどのように測定するかの問題でもあり、当初は、のれんと関連する収益が明確であっても、時間の経過とともに事業再編や組織再編があると、当初ののれんから生み出した収益を明確に分離して測定することが難しくなります。また変わらず同じように収益を生み続けているとしても、それが当初の「のれん」の効果によるものなのか、それ以後の企業努力(生産性の向上、研究開発や広告宣伝等)によって新たに生じた「のれん」(自己創設のれんと言います)によるものかが、不明瞭になっていきます。

会計上は自己創設のれんの計上は認めらておらず、買収や事業の譲受等で他社から購入した場合のみ、資産計上が認められています。他社から購入したのれんが何の努力もなしに維持されるとは通常考えられず、徐々に減っていくことを前提にした会計処理が「償却」であり、将来キャッシュ・フローが落ち込まない限りはのれんは減耗せず維持されるが、将来キャッシュ・フローが一定程度減少した場合にのれんの毀損が生じたと考えるのが「減損」の会計処理の前提です。

日本基準での「償却」はのれんの継続についてコンサバティブな前提を置き、IFRSはアグレッシブな前提に基づいているとも言えると思います。

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■ 3.会計基準は政治的な駆け引きの賜物である

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IASBがのれんの費用化の会計処理について変更する検討を始めたというのは、何も理論的に今までが間違っていたので理論的に正しい方法に改める、というのではなく、従来の方法だと、投資家等をはじめ、経済活動への影響として不具合が出てきたということではないかと思います。すなわち、減損はある日突然やってくるため、従来の業績の延長線上にない多額の損失が計上されると、将来の業績見通しがやりにくくなり、投資家も企業価値の将来予想の判断に困ってしまいます。

のれんを規則償却する処理は、保守的である以上に、のれんの費用化が各期に与えるインパクトを平準化することが出来るので、企業価値を予測しやすい点で、投資家にとっても好ましい会計処理だと思われて来ているのかもしれません。またのれんの取得から期間が経過するほど、将来キャッシュ・フローによるのれんの減損判定が、技術的に困難になっていく、という話も聞こえて来ます。

世の中の活動は、基本的に法律を含む、ルールの上で成り立っています。そしてルールの変更により、当初有利だった立場の人や組織が不利になったり、その逆もあります。また最初にルールを作った人が一番恩恵を受けたり、ルールを変えることで、立場を逆転させてしまえることもあります。その意味で、ルールを作ったり変えられる立場の組織は非常に強い立場にあります。会計基準のような、理論的にどうあるべきか、ということで決まっているように見えるルールでも、唯一絶対のものはなく、時代、場所によって正しいとされる内容は、変わります。世の中のインフラとなる重要なルールですから、誰かが勝手に決めれるものではないですが、新しいルールの導入、ルールの変更の際には、会計基準設定主体(IFRSではIASB、日本基準ではASBJ)が中心となって議論しますが、ある程度詰まってきたら、論点整理(DP)、そして公開草案(ED)のような形で公表し、世間の意見を聞いた上で、合意形成をしていきます。

そこで、国内ルールであれば、業界団体や、業界を代表するような企業が、自分たちにとって有利な方向になるよう働きかけるのは当然のことですし、国際ルールであれば各国間、あるいはヨーロッパ(IFRS)と米国(US GAAP)と言った対立軸で、政治的な綱引きが行われることになります。これは、ルールメーカー、あるいはルールチェンジャーが最も有利に事を進めることが出来ることが分かっているからだと言えます。

今回、IASBでのれん費用化の見直しが議論され始めるのは、それが日本にとって有利ということで日本から働きかけたわけではないと思います。どちらかというと、M&Aに積極的な欧米企業、あるいは業界が、業績に与えるマイナス方向のインパクトを緩和するため、減損のみに頼り、規則償却を避けてきた印象があります。それが世の中的に行き過ぎて来たので、少しルールを揺り戻そうという流れではないでしょうか。

日本企業でIFRSを導入した企業、あるいは今後導入を検討する企業の多くにとって、のれんを非償却に出来る、というのも導入の大きな理由の1つだったと思います。もちろんそれだけが理由ではないので、仮にIFRSでものれんの規則償却が導入されてもIFRS適用を辞めたり、導入の流れが止まることはないと思いますが、業績に与えるインパクトが比較的大きいと考えられますので、今後どのように議論が進んで行くのか、注意していきたいところです。

ビズサプリグループでは、会計士、事業会社での経験豊富なコンサルタントにより、IFRSの導入支援、企業内ルールの作成支援コンサルティングも行っておりますので、ご興味ありましたらご相談頂ければと思います。 https://biz-suppli.com/menu.html?id=menu-consult

本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。

カテゴリー
会計
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執筆者
辻 さちえ
三木 孝則
庄村 裕​
花房 幸範​
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泉 光一郎

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