Vol.33 賛否両論のトヨタの種類株式 (2016年7月20日)
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【ビズサプリ通信】
▼ 賛否両論のトヨタの種類株式
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ビズサプリの久保です。
九州から東海までは梅雨明けしました。関東もそろそろ梅雨明けです。 これから毎日暑い日が続きますが、熱中症にはお気をつけください。外より部屋の中で発症する人が多いそうです。
ご存知の通り、昨年7月トヨタは社債のような株式を発行しました。 これは、コーポレートガバナンス上いろいろな話題を提供しました。 ここで一度、どのような株式だったのか、そして何が問題だったのかをまとめ ておきましょう。
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■ 1. 株主に有利な発行条件
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まず、発行条件を見てみましょう。配当率が「初年度発行価格に対して0.5%で、それ以降毎年0.5%ずつ増加し5年目以降2.5%固定」となっています。 これを見たら、マイナス金利となった今、買っておけばよかったと思っている方も多いかもしれません。実際、予定発行数の10倍の申し込みがあったそう です。
これは株式ですが「譲渡制限があるため非上場」になります。トヨタはもちろん上場会社ですので、発行する株式は証券取引所で自由に売買できます。 その株式は普通株式です。種類株式は普通株式ではなく、いろいろ条件をつけた株式なのです。
会社法第108条1項では、株式会社は「異なる定めをした内容の異なる2種類以上の株式を発行することができる」としており、その内容として剰余金の配当、残余財産の分配、株主総会における議決権、株式の譲渡制限などを挙げています。
種類株式の代表格としては優先株式があります。これは剰余金の配当または残余財産の分配が他の株式に優先する株式です。昨年トヨタが発行した種類株式は、配当と譲渡に条件が付けられた株式ということになります。なお、この種類株式の株主は、株主総会での議決権を制限されませんので、その点は普通株式と同じです。
非上場株式ということで、一旦買ったらいつまでも売却できないのでは困ります。この種類株式を買った人は「2020年10月以降、年2回(4月・10月) 」に 「発行価格」でトヨタが買い取ってくれるという条件が付いています。 また、「2021年9月以降、年4回(3・6・9・12月) 」には普通株式に1:1に 交換してくれるという条件も付いています。すなわち、元本保証で普通株式へ の転換(交換)の権利も付いています。ただしそれは取得から5年後です。
「発行価額は2015年7月2日から7日のいずれかの日のトヨタの普通株終値に26%から30%を上乗せした水準」で決まるということでしたので、5年後の 株価がそれより上がっていれば、普通株式に転換したあと売却すると売却益が得られます。5年後の株価が下がっていれば、買い取り請求すれば発行価格 (元本)でトヨタが買い取ってくれるので売却損は発生しないという条件です。
トヨタとしては、いつまでもこの種類株式が残っていても困る場合があるの で、トヨタには、種類株式を保有者(株主)から買い取る権利が付与されています。普通株式に転換は、株主だけに付与された権利です。トヨタが一方的に普通株式に転換するということはありません。トヨタが決められるのは、発行価格(元本)での買い取りです。
投資家から見た場合、これを5年社債だと考えると年0.5%から2.5%のちょうど 真ん中の1.5%利率がついた社債だと考えられます(本当は、利息の現在価値で 比較する必要がありますが、ここではそれは考えません)。トヨタのような格付けの高い(S&PでAA-)会社の劣後債(株式に近い社債)と考えた場合、 1年前の状況では高い利率であったと思います。昨年11月に発行されたソフトバンク(S&PでBB+)の7年無担保社債は2.13%でした。このトヨタの種類株式を5年ではなく7年持っていると単純平均で1.7%の利率になり、さらに長く 持っていたら通算利率は2.5%に近づきます。
忘れてはいけないのは、これは普通株式への転換条件付きの株式ですので、 株式取得の5年目以降に発行価格に比べて株価が高くなっているようだと、上述したように普通株式に転換して売却益が得られる可能性も秘めているというプラスもあります。発表直後に申し込みが殺到したのも納得できます。
ちなみに、「AA型」種類株式という名称はトヨタが付けた名称であり、AA型 はどんな型なのか法律で決まっているわけではありません。A種、第一種などという呼称もあります。
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■ 2. 長引いた昨年の株主総会
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種類株式を発行するためには、定款の定めが必要です。このため、種類株式を発行する会社は、定款変更を行う必要があります。定款変更には特別決議すなわち、総会出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。このため、普通決議は過半数の賛成で承認されますので、種類株式の導入には一定のハー ドルがあるのです。
昨年のトヨタの株主総会は3時間2分かかったそうです。これまで他社が発行したことがないような珍しい発行条件なので、それに対する質問もあったとは思います。それにも増して、このような種類株式には後述するようなコーポレートガバナンス上問題があるという意見や質問が多かったのも確かです。 結果として、この定款変更決議には、反対票が24%あったそうです。
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■ 3. コーポレートガバナンス上の問題
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コーポレートガバナンスの観点からは、コーポレートガバナンス・コードにも書かれているように、企業は中長期的な企業価値の向上を目指すことが求め られます。そういう点では、短期視点の株主より中長期視点の株主が増えることは望ましいことです。トヨタの種類株式は最低5年間保有することになりま すので、中長期の株主を増やす点では優れていると言えます。
これに対して「スチュワードシップ責任を負った機関投資家株主の多くが、トヨタの種類株式発行に賛成したことは理解できない」といった意見がありました。これはなぜでしょうか。
元本保証と毎年0.5%ずつ配当率が増加することを約束し、それと引き換えに5年間は譲渡できないようにするということは、「物言わぬ株主」を多くつくることになるからだと思います。
言い方を変えると、会社の経営に不満がある株主は、株式売却という究極の選択がありますが、それを選択できない代わりに固定的な配当で満足する株主を増やすことになるということです。
株主の権利を制限するような種類株式を発行するという議案には、普通株式を保有する株主は反対すべきだというのが、上記の反対意見の趣旨です。国民の年金を運用するGPIF、ゆうちょ銀、生保などは、国民、個人、企業から預かった資金を運用する機関投資家株主です。その立場からみるとこのように「物言わぬ株主」をつくる種類株式は望ましくない、ということです。
結果として、大多数の機関投資家株主はトヨタの種類株式に賛成したのですから、まだまだスチュワードシップ・コードを理解した「物言う株主」としての行動が身についていないということかもしれません。ただ、第1回の種類株 式発行は発行済株式数の約1.4%で、発行上限はその4.5%程度ですので、これくらいなら問題ないということで賛成したということも考えられます。
トヨタは、このような「奇策」を使わなくても、中長期安定株主を増やすことはできるはずだ、という意見もありました。中長期株主の確保のためには、株主優待制度がよく使われます。少なくとも、この社債的な種類株式の発行は、個人株主から歓迎されたとしても、コーポレートガバナンスの観点からは、特に譲渡制限がある点が望ましくないと思います。読者の皆さんはどのように 考えますか。
本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。