vol.192 街角経済学vol.5 企業の価値について
皆様、こんにちは。アカウンティングワークスの花房です。
6月18日に、アメリカの半導体企業である、エヌビディアの時価総額が、同じくアメリカのマイクロソフトを抜いて世界首位の526兆円(約3兆3,350億ドル)となった、とのニュースがありました。エヌビディアは当初、画像処理用の半導体(GPU)で成長してきましたが、これをAI向け半導体に応用した結果、最近の生成AIブームの波により、利益率の高さと成長期待が時価総額を押し上げているようです。
エヌビディアの時価総額は、1兆ドルを超えたのが2023年5月、今年の2月に2兆ドルを超えたばかりですから、その急成長の驚異的さが分かります。なお、同じく時価総額が3兆ドルを超えているのは同じくアメリカのテック企業であるマイクロソフトとアップルの3社になります。ちなみに、アルファベット(Googleの親会社)とアマゾンは2兆ドル前後、Facebookのメタは1兆円台前半です。東証の時価総額が、先週末現在で約985兆円ですから、日本の上場企業が束になっても、アメリカのトップ3社の3分の2程度にしか届かないという規模感です。
また、世界での時価総額を比較すると、2024年3月末の世界の株式時価総額は117.3兆ドル(160円換算で1京8,768兆円)あり、そのうちアメリカが55.3兆ドル(同8,848兆円)と、約半分を占めます。2位は中国で、9.1兆ドル(同1,456兆円)、日本は6.7兆ドル(同1,072兆円)で3位となっています。如何に、アメリカの上場株式市場が巨大であるかが分かるかと思います。
企業の価値は一般的には時価総額となりますが、それは株主から見た価値であり、従業員にとっては給料の高さかもしれませんし、自治体にとっては、税金を多く払ってくれる企業かもしれません。地球にとっては、環境に優しい企業でしょう。今回は、企業の価値とは何であるかについて考えたいと思います。
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■ 1.株価上昇の要因
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株価上昇の要因は色々と言われているようですが、世界的にカネ余りと言われている中、海外の機関投資家マネーが日本に向けられているようです。その要因の1つとしては、日本がデフレを脱却しつつあり、成長期待が増していることがあります。デフレ脱却を何で測るかは様々な意見があるとは思いますが、物価上昇と賃金上昇が同時に行われていることは重要な要素です。
以前のメルマガでも触れましたが、物価の変動の目安としてよく使われるのは、消費者物価指数と言われるCPIです。2020年を100とすると、2021年11月から上昇に転じ、今年の5月時点まで上昇基調にあります。一方で、物価が上昇してもそれ以上に賃上げがされないと実質賃金は低下することとなり、市民感覚としては景気が回復したとは言えません。
2023年の春闘から上場会社を中心に、賃上げ機運が高まっており、その傾向は2024年も継続しています。あとは、これが中小企業にも浸透し、きちんと価格転嫁が出来るような形になれば、名実ともにデフレを脱却し、日本が成長軌道に乗れば、更なる株価上昇が期待出来るかもしれません。
また、東証の取組みとして、昨年3月に発表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の効果が表れてきているようです。特に、ROEが低い企業やPBRが1倍割れしている企業を中心に改善を促してきた結果、2023年3月末ではプライム市場に上場する企業の約49%がPBR1倍を下回っていたようですが、今年の3月末では約39%と、10ポイント程度の改善がなされていることも、低PBR企業の株価上昇に繋がっていると考えられます。
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■ 2.時価総額を上げるには?
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会社は大きければいいとは限りませんが、少なくとも株主は、株価が上昇し、時価総額が大きくなることを期待します。そして、株価は理論的には、将来その企業がどれだけ稼ぐことが出来るかという期待を現在価値に割り引いて合計した価値になります。その意味においては、高い利益率と成長性が期待できる企業ほど株価は高くなり、時価総額も大きくなります。
日本で営業利益率が高いと言われている企業の1つに、東証の時価総額で3位(2024年6月21日現在で、17兆円)の株式会社キーエンスがあります。この会社の2024年3月期の営業利益率は、51%であり、エヌビディアの54%(2024年1月期)に匹敵します。しかし成長性で見ると、エヌビディアは2023年1月期から2024年1月期の1年間で売上高が2.25倍と、倍以上増加しているのに対して、キーエンスの2023年3月期から2024年3月期の1年間で売上高は5%程度しか増加しておらず、成長性には大きな差があります(但しキーエンスも、直近4年間では、単純平均すると18%以上で売上高が伸びています)。
利益率を高くするには、独自の技術やノウハウ等、他社が真似出来ない優位性が必要になります。エヌビディアはAI半導体では一日の長があり、データセンター向けAI半導体での2023年のシェアは8割とのことです。そして、今後も、25年に「ブラックウェルUltra(ウルトラ)」、26年に「Rubin(ルービン)」と呼ぶ次世代半導体を投入するなど、次々に次世代製品を開発しています。
また、キーエンスも特徴としては、差別化戦略を志向しています。同社は新たに打ち出す商品の約7割を「世界初」「業界初」と銘打っていて、他社に先駆けて製品開発する力を鍛えているようです。差別化を先行してできることは、他社に代替品がないことから価格競争力を維持出来、それを続けることで、常に業界リーダーでい続けることが出来るのです。
また、エヌビディアとキーエンス共通の特徴としてはファブレスであることが挙げられます。TSMCのような、ファブレス企業からの委託をまとめて受けることで、自社の生産能力を効率的に活用して大量生産する結果、高品質な製品を安価に生産出来るファウンドリ企業に委託することで、コスト削減になり、利益率を高められます。
差別化を長期にわたり継続的に出来ることがすなわち、時価総額を高める原動力となるのです。
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■ 3.地球が私達の唯一の株主
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皆さんは、パタゴニアという会社をご存じでしょうか?アウトドア用品を扱い、世界中にファンのいるグローバル企業です。創業者のイヴォン・シュイナードさんは、元はクライミング用の製品を作る鍛冶屋でしたが、自らが登山家であるシュイナード氏は、従来の山岳用器具が自然を破壊していることに気付き、それを解決する製品を世の中に送り出したことで、一躍名を馳せることになります。その後も、従来の地味な山岳用ウェアではなく、自らが着たいと思うカラフルで機能的なウェアを次々と開発し、世界的なヒット製品となりました。最近では、オーガニック食品を取り扱う「パタゴニア・プロビジョンズ」も展開しています。
このようなパタゴニアの経営理念は何でしょうか?1991年に作成された経営理念は次のようなものでした。
「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」
この時の経営理念は、どのような方法で環境問題に立ち向かうか?、という「HOW」の観点から定められていました。
ところが、2018年に掲げた理念は次のように変化しています。
「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」
どちらも環境を意識した表現のように思えますが、2018年版では、自分達が何のために存在しているのか?、と存在意義を問う、「WHY」へと大きく舵を切り、今でいうPurpose経営をいち早く取り入れていると言えます。
このようなパタゴニアの姿勢は、サステナブル企業としてあるべき価値創造の姿を体現しています。その根底の考え方には、北アメリカにあるインディアン部族の独立した自治領である、イロコイ連邦の考え方の影響を受けていると言われています。イロコイでは、何か大きな決断を下す時には、参加者のうち必ず一人は「7世代先の子孫」を代表した目線で議論に参加するとのことです。このような「長期的目線」を持った決断は、今さえ良ければいいという刹那的な思考ではなく、何世代後も良い世の中が続いているという、サステナブルな考え方そのものと言えます。
そしてパタゴニアは、地球を救うために自らが貢献し続けるための仕組として、株式公開ではなく、全株式の2%をPatagonia Purpose Trustに信託して経営理念を守り、残りの98%は無議決権株式として剰余金を全額環境保護の資金として活用してもらう特殊な仕組みを採用しました。まさに、「地球が私達の唯一の株主」であり、全ての利潤は唯一の株主である地球を守るために使われることになります。
またパタゴニアは、その他の取組みとして、毎年売上の1%を、自然環境の保護/回復のために米国内外のそれぞれの地域で活躍する草の根環境保護団体に寄付を継続する等、他にも様々な取り組みを行っていますので、興味ある方はパタゴニアの活動について調べてもらえればと思います。
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企業の価値は何で測られるのか、株主目線では時価総額ですが、パタゴニアのように地球目線では、地球を保護する力の大きさこそが、企業の価値であると言えます。そしてそれは決して利潤を追求しない訳ではなく、その考え方に賛同する者を引き付けて魅了し、その結果、会社も成長してその利潤が更なる地球保護に使われるというエコサイクルを形成しようとしています。それが唯一の正解ではありませんが、1つの見方に縛られるのではなく、皆さんも柔軟で幅広い視点を持ってみては如何でしょうか?
本日も【AW-BIZ通信】をお読みいただき、有難うございました。