vol.231 AI時代にこそ問われる「教養」
アカウンティングワークスの花房です。
朝晩が涼しくなり、秋も深まってまいりました。「読書の秋」という言葉の通り、夜長に本を手に取る機会が増えた方もいらっしゃると思います。本をじっくり読む時間とは対照的に、私たちを取り巻く情報の量は、ここ数年で桁違いに増えています。生成AIを使えば、誰でも瞬時に記事やレポート、画像、動画まで作り出せるようになりました。インターネット上には、人が書いたのかAIが生成したのか判別のつかない文章があふれ、SNSや検索結果には、もっともらしい情報が昔とは比べ物にならない勢いで流れてきます。情報が足りなかった時代から、情報過多の時代となっています。
先週は、Webサイトや業務システムの開発に広く使われているプログラミング言語「PHP」に重大な脆弱性が見つかったことが大きな話題になりました。10月21日に修正版が公開されましたが、外部から認証なしで不正なプログラムを実行されるおそれがあるとして、政府もSNSで対応を呼びかけたり、国内のレンタルサーバー各社も対応に追われ、また一部のWebサービスは緊急メンテナンスで一時的に利用出来なくなったりしました。
注目すべきは、この脆弱性の発見に生成AIが活用されたと報じられていることです。報道によると、2024年の外部監査でも兆候は指摘されていたものの、当時は具体的な攻撃方法までは特定できず、優先度が下げられていたそうです。AIは、守る側にとって強力な道具であると同時に、使い方次第では攻める側の武器にもなり得ます。便利さと危うさが時として表裏一体であることを、改めて感じさせる出来事でした。
前回の私の本通信では、「AIの時代に、人間は何を目指すべきか」をテーマに、AIは過去のデータに基づいて“もっともらしい答え”を導き出す存在であり、最終的な判断はこれからも人間が担うべきだ、というお話をしました。では、その「判断」を支えるものは何でしょうか。今回は、その問いに対する一つの答えとして、「教養」の大切さについて考えてみたいと思います。
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■ 1.「答え」の安くなった時代
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生成AIに質問すれば、数秒で整った文章による答えが返ってきます。調べもの、資料の要約、メールの下書き、ちょっとした分析等、かつて人が時間をかけて行っていた「情報を集め、整理し、答えを出す」作業のコストは、劇的に下がりました。しかし、経済原則に立ち返れば、供給が増えたものの価値は下がります。答えや情報が簡単にいくらでも手に入るようになった今、「答えを知る」こと自体の希少性は、確実に薄れつつあります。
一方で、価値が上がっているものもあります。それは、「何をどのように問うか」、「その答えを元にどう判断するか」という、答えの前後にある人間の営みです。情報が溢れるほど、それを選び、解釈して、どのような結論を導き出すのか。そこに、人間の役割が残されています。
複雑な社会に生きる現在の我々は、単純化されたもの、分かり易いものを求めています。しかし、簡単に出てくるシンプルな答えが最善とは限りません。従業員への影響、取引先との関係、長期的な信用、会社として大切にしている経営理念など、単純でシンプルなデータだけでは測れない要素もあるからです。何を優先し、何を守り、どのようなリスクを引き受けるのか。こうした判断には、単に情報を集めるだけではなく、物事を多面的に捉え、何が本当に重要なのかを考える力が必要です。その判断の質を左右するものの一つが、日頃から培ってきた教養なのではないでしょうか。
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■ 2.「教養」とは何か
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「教養」と聞くと、歴史や哲学、文学、芸術などに詳しい、といった「物知り」のイメージを持たれる方も多いかもしれません。教養は英語で「リベラルアーツ(Liberal Arts)」と訳されます。その起源は古代ギリシャ・ローマにさかのぼり、「自由人のための技芸」、つまり人が何者にも隷属せず、自分の頭で考え、自分で判断して生きるための学問を意味していました。中世ヨーロッパでは、文法・修辞学・論理学・算術・幾何学・天文学・音楽の「自由七科」として体系化され、大学教育の基礎とされてきました。
つまり教養の本質は、知識の量ではありません。自分の頭で考え、判断するための「土台」です。そう考えると、AIが答えを出してくれる時代にこそ、教養がこれまで以上に意味を持つと思います。また、教養を学ぶことには、もう一つ大切な意義があります。それは、「簡単に手に入るものは、すぐに役に立たなくなる」ということです。AIに聞けば数秒で得られる答えや情報、ノウハウは、便利である反面、誰もが同じように手に入れられ、状況が変わればすぐに役立たなくなります。
一方で、本を読み、自分で考え、時には遠回りをしながら時間をかけて身に付けた知識や考え方は、簡単には古びません。歴史や哲学、文学が何百年、何千年と語り、読み継がれて来たのは、そこに時代が変わっても通用する人間や社会の本質が含まれているからでしょう。時間をかけて得たものほど、長く使える。教養とは、そうした「長く効く」知の蓄積なのだと思います。
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■ 3.AIの答えを「疑う力」
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もう一つ、AI時代に教養が重要になる理由があります。それは、AIが提示する答えを、私たち自身が評価しなければならないということです。生成AIの答えは、とても流暢で説得力があります。しかし前回お伝えした通り、AIは学習データのパターンから“もっともらしい答え”を出しているに過ぎず、事実関係を誤ったり、重要な前提を見落としたり、誤りや偏りが含まれることがあります。厄介なのは、間違っていても、もっともらしく見えてしまうことです。
そのため、AIの答えをそのまま受け入れるのではなく、根拠を確認し、別の可能性を考え、必要に応じて反対の意見にも目を向ける等、情報を鵜呑みにしないための「疑う力」が欠かせません。しかし、AIの答えを評価するためには、ある程度の知識が必要です。何を確認すべきか、疑うか分からなければ、誤りがあっても気づくことができません。
この「疑う力」が試されるのは、AIの答えを判断する場面だけではありません。最近では、生成AIを悪用した巧妙なフィッシング詐欺メールも増えています。かつての詐欺メールは、不自然な日本語やおかしな言い回しで見破れることも少なくありませんでした。しかし最近は、取引先や金融機関、官公庁を装い、文面だけでは本物と見分けのつかないメールが届くようになっています。
例えば、取引先を装って「振込先口座が変更になりました」と伝える請求書に係るメールが届いた場面で頼りになるのは、文章の自然さではなく、「この会社がこのタイミングで、こんな依頼をメールだけでして来るだろうか」「この手続きは、本来こういう流れで進むものだろうか」と、背景や仕組みに照らして立ち止まれるかどうかです。取引の慣行や制度の仕組み、そして焦りや信頼といった人の心理を突く手口への理解等、幅広い知識の蓄積こそが、真偽を見極める最後の砦になります。
さらに、AIが示す答えが論理的に正しかったとしても、それが人間にとって望ましい答えなのかどうかは、別の問題です。合理的である/利益を最大化することが、公正である/社会的に望ましいことと必ずしも一致しない場面では、何を大切にするのかという価値判断基準が必要になります。
AIが賢くなるほど、人間は何も考えなくてよくなるのではありません。むしろ、AIの答えを見極める力と、その先にある価値を判断する力が重要になっていくのだと思います。
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■ 4.おわりに
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データの処理や分析は、AIが驚くほど速くこなしてくれます。しかし、「何を優先するか」「誰にとっての最善か」「どこまでのリスクを許容するか」といった価値判断は、AIに委ねることは出来ません。
当社でもご依頼を頂くことの多い株式価値の算定を例に取ると、計算そのものはツールやAIで効率化が進んでいます。しかし、どの評価手法を採用するのか、事業計画の成長率や割引率といった前提は妥当なのか、そして依頼者や相手方に対してその根拠をどう説明するのか。ここには、数字の背後にある事業や人、取引の背景を理解した上での判断が欠かせません。
また、経営判断も同じです。採用、人の配置、取引先との交渉、組織内外のトラブル対応等、人の感情や利害が絡む場面には、唯一の正解がありません。文学や歴史を通じて、人間の多様な考え方、時代を超えて繰り返される過ちを知っていることは、相手の立場を想像し、納得感のある落とし所を見つける力になります。
前回のメルマガでは、AIが定型的な処理や分析を担うからこそ、人間には判断力や創造力、そして人間らしさを磨くことが求められるのではないか、と書きました。今回取り上げた教養も、そのための大切な土台の一つだと考えています。そこで当社でも、この「教養」の大切さを社員一人ひとりに学んでもらいたいと考え、今年からeラーニングに、教養を学ぶための幅広いコンテンツを選べるサービスを導入しました。社員がそれぞれの関心に合わせて、普段の業務とは異なる分野にも自由に触れられる環境を整えたいという思いからです。日々の業務に直結する専門知識だけでなく、一見遠回りに思える学びにも時間を投じることが、お客様へのより深い提案や、確かな判断に繋がると信じています。
教養を磨くといっても、難しく考える必要はありません。普段は手に取らない分野の本を一冊読んでみる、美術館に足を運んでみる、歴史の舞台となった場所を訪ねてみる。そうした小さな「寄り道」の積み重ねが、いつか判断の場面で、自分を支える引き出しになるはずです。この読書の秋、専門外の一冊を手に取るきっかけになれば幸いです。
本日もAW-Biz通信をお読みいただきありがとうございます。




