vol.227 AIの時代に、人間は何を目指すべきか
アカウンティングワークスの花房です。
ワールドカップが幕を閉じました。最後まで何が起こるか分からない先の読めない展開、そして息をのむような芸術的なプレーの数々。連日、テレビの前で釘付けになった方も多いのではないでしょうか。結果が予測出来ないからこそ手に汗握り、選手たちの一瞬の閃きに心を動かされる。改めて、スポーツの持つ「見ていて楽しい」という体験価値を実感した1か月間でした。
その一方で、目を転じれば、AIに関するニュースを見ない日はありません。新しいモデルの発表、企業の導入事例、規制の動き、そしてAI関連銘柄の株価の急激な変動等、毎日のように、必ずと言っていいほどAI関連の記事が並んでいます。それだけ社会全体の関心が高まっているテーマだということでしょう。
私たちの多くの仕事では、すでにAIが代替出来る、あるいは代替しつつある業務の領域が広がっています。文章の作成、データ分析、定型的な判断業務など、その範囲は日々、広がっています。数年前まで人の手が欠かせないと思われていた作業も、気づけばAIが当たり前のように担うようになってきました。
しかし一方で、スポーツの躍動感、芸術の閃き、食事を味わう喜びといった体験は、AIには代替できないものとして、これからも人間の手の中に残り続けるはずです。AIが世の中をより便利に、効率良くしていくことは間違いなく予想される未来です。だからこそ今、私たちは「人間は何を目指すべきか」を、改めて考えてみたいと思います。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 1.AIの進化を支えるのは、結局は「人」
----------------------------------------------------------------------
AIを実際に社会で役立てるためには、AIを活用した様々なサービスが次々と生み出して行く必要があります。そして、そのサービスを企画し、開発し、実装し、使いこなして行くのは、結局のところ人間です。どれほど優れたAIモデルが登場しても、それを事業や現場に落とし込む担い手がいなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。
よく「AIの進化を阻む最大の壁は電力だ」と言われることがあります。AI、特に生成AIは、モデルの学習時はもちろん、私たちが日々使う際の応答生成においても膨大な計算処理を必要とします。その計算を担うGPUなどのサーバー群を集積した施設がデータセンターであり、いわば「AIの計算工場」です。
確かにデータセンターの稼働には膨大な計算資源が必要であり、電力インフラの整備が急がれているのも事実です。しかし、それ以上に根深く、日本にとって切実な壁があります。それが人材です。AIモデルを開発するエンジニアはもちろん、AIを支える半導体分野の技術者、そして現場でAIを実際に使いこなし業務に組み込んでいく実務人材まで、あらゆる層で人手が足りていません。
この「人材の壁」を象徴する新しい職種として、米国で注目されているのが「フォワード・デプロイド・エンジニア(FDE)」です。2026年6月15日付の日本経済新聞によると、FDEとは顧客企業に深く入り込み、課題の発見からシステム設計、実装、そして現場への定着までを一気通貫で担うエンジニア職を指します。多くの企業では、生成AIの導入が実証実験(PoC)の段階で止まってしまい、実際の業務に組み込むところまで至らないという課題を抱えています。FDEは、その「PoCと本番運用の間」を埋める役割として脚光を浴びており、米国での求人数は1年で約10倍に急増、オファー年収の中央値は3200万円を超えているといいます。
AIそのものがいくら賢くなっても、それを個々の企業の業務プロセスやデータ、組織文化に合わせて「実装する」人がいなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。この構図は日本も例外ではありません。最近では、生成AIの使い方そのものをコンサルティングする専門会社も登場しています。技術の民主化が進むほど、逆説的に「AIをどう使いこなすか」を人に伝え、現場に根づかせる仕事の価値が高まっています。まさにこれが、日本のAI戦略の実質的な勝負どころだと言えそうです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 2.日本のAI戦略の方向性
----------------------------------------------------------------------
こうした流れの中で、日本政府もAI戦略の骨格づくりを進めています。政府は2025年12月に「人工知能基本計画」を閣議決定し、「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を目指すという方針を打ち出しました。研究開発の強化、社会実装の加速、そしてリスクへの対応の高度化を、官民一体で進めていくというのがその骨子です。
そして2026年7月には、これに続く「第Ⅱ期 人工知能基本計画」が閣議決定されました。技術の進歩は非常に速いため、計画自体も一度決めて終わりではなく、状況に応じて柔軟に見直しながら進めていく姿勢がうかがえます。研究開発への投資を後押ししつつ、社会に広く実装していくスピードを上げ、同時にリスクにも目を配る。攻めと守りの両輪を回していこうという、国としてのバランス感覚が表れた計画だと言えるのではないでしょうか。
先ほど触れた人材不足の課題も、こうした国家戦略と決して無縁ではありません。計画の中では、人口減少や投資不足、賃金停滞といった日本が長年抱えてきた課題の解決にAIを役立てていく方向性が示される一方で、それを実現するための人材の確保・育成も、計画の柱の一つとして位置づけられています。技術そのものの進化だけでなく、それを使いこなす人をどう増やしていくかまで含めて、国全体でAI時代への備えを進めている段階にあると言えそうです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 3.AIは最高の知能か?
----------------------------------------------------------------------
ここで少し立ち止まって、AIそのものの性質について考えてみたいと思います。AIは基本的に、ディープラーニング(深層学習)と呼ばれる手法をベースにしています。膨大なデータの中から統計的なパターンや関連性を学習し、新たに与えられた問いに対して、その学習内容に基づいて最も確からしい(もっともらしい)答えを導き出す仕組みです。人間のようにゼロから物事の意味を理解しているわけではなく、あくまで学習したパターンに沿って出力しているに過ぎません。非常に強力な仕組みではありますが、裏を返せば、それは「過去のデータに従う」ということでもあります。
そして、その学習データの多くは、人間がこれまでに積み重ねてきた意思決定の履歴です。つまりAIは、過去の人間の判断や価値観の影響を色濃く受けており、そこに偏りがあれば、その偏りごとAIに引き継がれてしまいます。これがいわゆる「AIバイアス」と呼ばれるものです。
例えば採用や与信の判断にAIを活用する場面では、過去のデータに含まれていた偏った傾向が、そのまま結果に反映されてしまう危険性が指摘されています。AIは客観的で公平な存在であるように見えて、実は人間社会がこれまで積み重ねてきた偏りを、そのまま映し出す鏡のような側面も持っている。数字やアルゴリズムに基づいているからといって、必ずしも「最高の知能」や「絶対的に正しい答え」とは限らない。この点は、AIを使う私たちが忘れてはならない前提だと思います。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 4.おわりに
----------------------------------------------------------------------
ここまで見てきたように、AIの進化は、それを使いこなす人材と、国の戦略としての後押しに支えられながら、猛烈なスピードで社会に浸透しつつあります。しかしAIは万能の知性ではなく、過去のデータから学習した統計的なパターンに基づいて答えを導き出す存在であり、そこには人間社会の偏りも入り込んでいます。だからこそ、最終的な判断を下すのは、これからも人間であり続けるべきだと考えます。
冒頭で触れたワールドカップの話に戻りますが、先の読めない展開や、選手の一瞬の閃きから生まれる芸術的なプレーは、過去のデータの延長線上だけでは説明のつかない、人間ならではの創造性の表れでした。仕事の現場においても、こうした「閃き」のようなものは、これからますます重要になっていくのではないでしょうか。AIが定型的な処理や分析を担ってくれるからこそ、私たち人間には、その先にある判断力や創造力、そして未知の展開を楽しむ姿勢が求められているように思います。
AIとどう向き合い、何を人間の役割として残していくのか。効率や正確さではAIに敵わない場面が増えていくとしても、先の読めない展開を楽しむ力や、閃きを生み出す感性、そして何かを心から味わう喜びは、人間だからこそ持てるものだと思います。AIに任せるべきところは任せながら、私たち自身は、そうした人間らしさを磨いていくことこそが、これからの時代を生きる上での一つの目指すべき方向性になるのではないでしょうか。この夏、そんなことを考えるきっかけになれば幸いです。
本日もAW-Biz通信をお読みいただきありがとうございます。




