vol.220 会計不正と平時の備え
皆様、こんにちは。ビズサプリの辻です。
年が明け、慌ただしく選挙が終わり、オリンピックで盛り上がり、そして早くも2月も終わろうとしています。
私事ですが3月1日は東京マラソンです。春本番の東京の街を気持ちよく駆け抜けたいと思います。
さてこの1年ほど、会計不正の報道が続いています。売上の大半が架空であったオルツ、カリスマ経営者の強いプレッシャーが背景のニデック、子会社で2名の社員が巨額の架空循環取引を行っていたKDDI、そして2月13日に特別委員会の調査報告書(未了事項を含む中間報告)が公表されたエア・ウォーター。
内部統制報告制度(J-SOX)が導入され、財務報告に関する内部統制は整備・運用されているはずです。また、過去の不正事案を踏まえ、監査法人の監査も厳格化されています。それにもかかわらず、会計不正は繰り返されています。今回は、エア・ウォーターの事例から改めて内部統制の重要性について考えたいと思います。
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■ 1.エア・ウォーターの会計不正の手口
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エア・ウォーターでは、多くの関係会社で多数の種類の不正が行われていました。
調査報告書に記載されているものの一部をご紹介いたします。
・原材料のロスの過少計上による在庫過大計上(ロスは不可避的に発生する性質のもの)
・実地棚卸の未実施による帳簿差異の放置による在庫の過大計上
・滞留在庫や不良在庫の評価減の未実施、先送り
・除却すべき固定資産の除却損の未計上、先送り
・費用処理すべき工事原価や修繕費の資産計上
・賞与引当金の未計上
・商流を変更して、自社が1つの売上に2回商流に入ることでの売上の2重計上
・有償支給材の売上計上
・工事原価の付替
いずれも複雑な会計不正というよりは、教科書に出てくるような典型的な手口ばかりです。問題なのは、こうした典型的な不正が、多くの子会社で様々な事業において行われていたことです。
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■ 2.プレッシャーだけでは会計不正は生じない
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上記のような不適切な会計が行われた背景には、経営陣からの売上・利益目標達成への強いプレッシャーがありました。「売上1兆円目標必達」といったメール、「目標が達成されないと、幹部が激怒して会議が打ち切られることもあった」ようです。確かに目標未達成で叱られるのは嫌なことですが、それだけでは会計不正は生じません。
目標を高く掲げること自体は経営として当然です。プレッシャーがかかったときに、それでも当然のようにルールを守ることができるかどうか、平時から内部統制がきちんと機能しているかどうかが重要です。
例えば、上記で紹介した「原材料のロスの過少計上による在庫過大計上」でいえば、実地棚卸をルール通りに実施さえしていれば、その時点でのロスが確定でき、実在庫と帳簿在庫を一致させることができます。実際、会計不正が起きた会社の実施棚卸要領には、「実地棚卸は毎事業年度末及び第2四半期末に原則実施し、第1四半期及び第3四半期末、並びに毎月末日についても可能な限り実施するもの」と定められていました。不可避的にロスが発生するような性質の棚卸資産であれば、そのロスを確定するために本来であれば毎月末に棚卸をすべきもので、それをしないと正確な業績の把握はできないことは明らかです。
そのような性質の棚卸資産を保有しているにも関わらず、実地棚卸をしていなくても誰も気づかない、もしくは指摘をしないという状況は、普段から統制が十分に機能していないと受け取られても仕方がありません。このような状況であるからこそ、プレッシャーがあったときに、きちんと業績改善に向き合うのではなく「在庫を増やして業績を良く見せてしまえ」ということを思いつき、簡単に会計不正ができてしまうのです。
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■ 3.内部監査体制の脆弱さ
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調査報告書では、内部監査体制の脆弱さも指摘されています。
国内180社、海外80社という会社規模に対して、監査体制としては15名で、平均年齢は60歳に近く、内部監査の専門家ではなく、他部署からの異動者が多かったと記載されています。そして、J-SOXについては、内部統制評価の範囲や方法は監査法人との協議で決定され、評価結果も「すべて○」が慣習化していたとの記載があります。ちなみに、これだけ多くの関係会社で様々な会計不正が行われていたにも関わらず、昨年度まで内部統制報告書は「有効」とされていました。内部統制評価が形骸化していたと言わざるを得ません。
さらに深刻なのは、監査室の責任者が、在庫損失の先送りを認識した際に、直ちにやめさせて正しい会計処理をさせる、監査役等に報告するといった監査室として正しい行動ではなく、監査法人が行う仕訳テストなどの監査手法を理解したうえで、監査法人に気づかれないようにするための具体的留意事項を助言していました。つまり内部監査部門が事業部門側に立ち、一緒に粉飾決算を「ばれない方法」を考える存在になってしまっていました。これでは監査体制云々の前に内部監査の存在意義がありません。
ただ、この内部監査責任者個人の問題ではないように思います。恐らくですが、内部監査部門には、独立客観な目線にたってコンプライアンスの要となるような役割は期待されておらず、事業部側の目線にたって「なるべく問題にならないような方向に持って行くこと」が暗に(もしくは明確に)期待されていたのではないでしょうか。
・平均年齢60歳に近い組織構成
・会社規模に比して圧倒的に少ない人数
・内部監査部門に内部監査の専門家が少ない
・内部監査指摘事項のフォローアップが十分に機能していない
このような内部監査体制そのものが、経営陣が内部監査の重要性を十分に理解せず、軽視していたことの表れと言えます。そのような経営陣のもとでは、内部監査が独立した立場で正しい行動を取ることは難しくなるのではないでしょうか。
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■ 4.監査役の機能不全とガバナンスの空洞化
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監査役についても看過できない記載があります。人数不足の監査部門と異なり、監査役は5名(社内2名、社外3名、うち常勤3名)と人数は充実していました。しかし、執行の重要事項を決定する「最高経営委員会」への出席は、代表取締役会長の意向により特定の常勤監査役1名のみ限定され、他の常勤監査役2名(うち1名は社外監査役)は予算会議へのWEB参加のみとされていました。
監査役の重要会議出席が執行側によって制限されること自体が異例です。それを監査役(会)側から是正を申し入れることはなかったのでしょうか。この辺りは不明です。さらに、監査役(会)と監査法人との関係も受動的で、定期的な会計監査人とのコミュニケーションについても監査法人からの一方的に監査報告を聞くだけのことが多く、監査役から能動的に課題を共有・協議する場面は多くなかったとのことです。
前述した通り、売上に対して厳しいプレッシャーがある中で、管理体制も内部監査体制が脆弱であること、買収子会社の管理に不安があることなど、監査役としても懸念事項は多くあったはずです。これらの懸念について、監査法人と協議、共有することが必要ではなかったでしょうか。
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■ 5.特別調査委員会が立ち上がる前に
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エア・ウォーターの会計不正は個々の不正金額は小さいものの、調査する関係会社の範囲が広く、手口もバラエティに富むため不正調査は長期化しています。多くの弁護士、公認会計士などの専門家が投入されており、調査費用は莫大なものになるでしょう。不正調査は企業に何も生み出さず、本業を停滞させ、莫大なコストを発生させます。特別調査委員会が設置された時点で、企業側が調査範囲や調査内容をコントロールすることはできませんから、このような調査に至るまで会計不正が蔓延したことで「負け」です。
こうならないためには、自浄作用が働く内部統制を整備し、早期に発見・是正できる体制を構築することが重要です。内部統制報告制度(J-SOX)は、本来そのための制度です。2024年の改訂では、不正リスクを踏まえたリスク評価を実施することが明記されました。
・各拠点でどのような会計不正が起こり得るのか
・そのリスクに対してどのような統制が機能しているのか
・その統制は属人化したものとなっていないか
このような観点で改めて、リスク評価をした会社も多かったのではないでしょうか。内部統制評価を形式的な作業にして、単に監査法人から適正意見を得ることだけを目的にすれば、それは単なるコストです。しかし、制度趣旨を正しく理解し会計不正で足元をすくわれないための経営ツールとして真剣に活用すれば、大きな武器になります。
業績に対するプレッシャーはなくなりません。
だからこそ、プレッシャーに負けない内部統制を平時から整備し、評価し、改善し続けることが必要であることを改めて思い知らされる事例でした。




