vol.203 令和の米騒動と食料政策
皆様、こんにちは。アカウンティングワークスの花房です。
ロシアによるウクライナ侵攻からまる3年が経ち、未だ収束しないことに心が痛みます。トランプ大統領がロシアよりの対応、自国への資源権益を誘導していることは、ウクライナにとって不利な方向で和平交渉が進みかねません。ウクライナ国民にとって出来る限り有利な和平の実現を祈りたいです。
ロシアによるウクライナ侵攻は、世界経済にも影響を与えて来ました。原油や天然ガス価格の上昇をもたらし、ロシアとウクライナが生産量で世界上位の小麦、大麦、トウモロコシ等の価格が上がりました。
また、昨年の夏には、店頭からコメが消えるという「令和のコメ騒動」が起き、以降、コメの物価指数は上昇を続け、2025年1月は前年同月と比べて、約7割の上昇(比較可能な1971年1月以来最大の上昇幅)となっています。政府はこれに対してようやく、21万トンの備蓄米の放出を決めましたが、それによりどのくらいコメの値段が下がるかは不透明です。
コメは日本人にとって主食であり、低価格で安定供給できる体制が取られていることは、日本の食糧安全保障上きわめて重要ですから、今回は日本人にとって大切な「コメ」について考えてみたいと思います。
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■ 1.コメの歴史
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紀元後3世紀に卑弥呼を女王とする邪馬台国の頃には、稲作栽培の農業社会はすでに完成されていたと考えられているようです(亀田製菓株式会社ホームページより)。日本での為政者による支配と歴史は、コメと密接に関係していました。飛鳥時代以降戦国時代まで、税の中心は年貢としてのコメでした。
日本を初めて統一した豊臣秀吉は、太閤検地という政策により、統一の基準で全国の土地の広さを測量し、耕作者を登録して、マスで収穫量を計るという、年貢を合理的に徴収するシステムを導入しました。これにより、土地の生産性を「石高」で表すようになりました。一石は、一合の1,000倍で、1合はコメだと約150gと言われていますので、1石はコメの重さで言うと、約150㎏に相当します。これは当時の大人一人が一年に食べるコメの量に相当すると言われていますから、100万石の国は、100万人を養えるだけの力があったことになります。
また、コメは日本人の信仰の歴史でもあり、今でも全国で田植えの前には田植え祭り、収穫後は、神嘗祭(かんなめさい)や新嘗祭(にいなめさい)が行われています。神嘗祭や新嘗祭は、五穀豊穣に感謝する収穫祭ですが、現在の勤労感謝の日、すなわち11月23日の祝日は、明治以降昭和22年までは新嘗祭と言われていたようで、コメへの思いが日本人の根底に根差していることの証であると言えます。
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■ 2.コメ食と日本の食料自給率
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かつては大人一人が一年に食べるコメの量は一石=150㎏、と書きましたが、これは玄米ベースのようなので、精米すると約1割減の130㎏程度となります。それでも、現代の日本人のコメの消費量に比べると多いのです。日本人の1年間の1人当たりのコメ消費量は、1962年度の118.3㎏以降減少を続けていて、2021年度では51.5㎏と半分以上減少しました。代わりに、畜産物(3.8倍)や油脂類(約2倍)の消費量が増えています。
農林水産省がホームページで公表しているデータによると、カロリーベースの日本の食料自給率は、1965年度の73%から、2021年度は38%へ減少しています(農林水産省ホームページ 数字で学ぶ「日本の食料」https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2302/spe1_01.html#main_content)。これが、日本の食料自給率が低いと言われる根拠になっていますが、食料自給率の算定方法は他にも、生産額ベース、生産量を用いた物量ベースがあります。
カロリーベースの食料自給率にはいくつか課題があると言われており、1つは農産物の経済価値を考慮していないということで、例えば、2023年度において野菜は、生産額ベースでみると、国内消費18.1兆円のうち2.7兆円と15%を占めているにもかかわらず、カロリーベースだと、1人1日当たりの供給熱量2,203kcalのうち63kcalと3%しか占めていないため、野菜の自給率はそれなりに高いにもかかわらず(カロリーベースで76%、生産額ベースだと88%)、カロリーベースの食料自給率にはほとんど反映されないことになります。
また、同様に2023年度の畜産物については、食生活の変化の中で、1人1日当たりの供給熱量2,203kcalのうち398kcalと18%を占めていますが、そのうち、畜産物全体のうち国産は64%を占めるものの、畜産物については、生産に必要な飼料の多くを輸入に依存しており、飼料が欠けては生産が成り立たないことから、飼料自給率を乗じて計算するため、畜産物の自給率は17%となっています。スーパーに買い物に行くと、少なくとも食肉コーナーに並んでいる商品の半分は国産品の感覚がありますので、飼料自給率を除いた形だと64%は国産品ということなので外れていないと思いますが、自給率の計算では飼料自給率を加味するため、世間の感覚とは外れたものになってしまうということかと思います。
カロリーベースの日本の食料自給率が1965年度の73%から2021年度の38%へ減少したことに話を戻しますと、自給率の低下の一番大きな要因は、食生活の変化です。コメの消費量は半分以下に減ったと書きましたが、カロリーベースの食料自給率で見ると、1965年度は供給熱量全体を100とした場合、コメの熱量が44%ありました。これが2021年度だと、供給熱量全体の21%まで半減しています。コメの自給率は、1965年度は100%、2021年度も98%とほぼ100%ですから、カロリーベースのコメの熱量が20%以上減ったことはそのまま、食料自給率の低下に繋がっています。
また、畜産物と油脂類の供給熱量全体に占める割合は、1965年度はそれぞれ6%だったのが、2021年度ではそれぞれ18%、15%と上昇しており、この2つでカロリーの3分の1を占めることとなります。油脂類は、1965年当時は自給率が33%ありましたが、国内生産量の減少と需要の2倍以上の増加で、自給率は3%まで低下しています。畜産物の自給率について、1965年当時は飼料自給率の影響を除けば92%あり、飼料自給率を考慮しても47%が国産でしたが、2021年度は飼料自給率の影響を除いた畜産物の自給率は64%、飼料自給率を考慮すれば自給率は16%まで低下します。
仮に食糧危機が起きた場合、人間は霞を食べて生きる訳にはいかないので、コメや小麦、イモ類といったカロリーの高い食べ物を自給出来ることが食料安全保障上重要だと考えると、カロリーベースの食料自給率を使うことが悪いこととは思えません。一方で、実際の流通額や経済的な価値を考えた場合は、生産額による食料自給率も重要な指標と言えるでしょう。大事なことは、カロリーベースにしても生産額ベースにしても、食料自給率は下がり続けているということです。
1965年度の食料自給率は、生産額ベースで86%、カロリーベースで73%ありました。それが2023年度では、生産額ベースで61%(1965年度比25ポイント減)、カロリーベースで38%(同35ポイント減)、となり、いずれも低下してきていることが見て取れます。
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■ 3.今後の日本の食料政策
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腹が減っては戦は出来ぬ、ではないですが、我々は食料がなければ生きて行くことは出来ません。また農産物の生産は天候の影響を大きく受けるため、地球温暖化の副作用として、日本に限らず世界各地で毎年のように異常気象が頻発していることは、農産物の収穫高に影響を与えています。そして、日本の食料自給率が低いことは生きる糧である食料の外国への依存度が高いことであり、日本が依存している国での不作や、地政学リスクの高まりで、日本の食糧確保に関してリスクが高くなって来ていると言えます。
また、食料は量が確保出来ればいいということでもなく、安心で美味しいものが低価格で安定供給出来る体制となっている必要があります。日本人の主食であるコメが安定供給されるように国は考える必要がありますが、備蓄米の放出決定をするのに半年以上かかりました。コメの流通を増やすことで価格が下落するのを警戒したためとの報道もありますが、消費者、すなわち国民を重視した政策をタイムリーに実行してもらいたいところです。
日本でコメは、祭られる対象となるほどの、特別な思いを持つ食べ物でした。かつてウルグアイ・ラウンドの交渉に関連して、1993年2月に訪米した渡辺美智雄外相(当時)は米国務長官に対して、「日本では、コメというと極めて感情的な問題」になると述べて譲歩を求めたくらい、コメ農家の保護を続けてきた歴史があります。
コメに関する政策では、かつては食糧管理制度(1995年に廃止)の下、厳格に管理されていましたが、消費者や環境の変化により、減反政策(2018年に廃止)、自主流通米制度、備蓄米制度の他、補助金等の様々な支援措置が取られています。しかしながら、これらは零細農家、兼業農家を優遇してきた政策でもあります。
農業は規模の経済が働く分野です。JA等の出荷業者が農家から集めたコメを卸売業者に販売する際のコメの価格を相対取引価格と言いますが、2025年度は平均で16,501円/60㎏でした。一方で、作付け規模が3ha未満の農家だと、コメの生産コスト(令和3年ベース)は作付面積1~3haで16,289円/60㎏と収支トントン、0.5ha未満だと26,903円/60㎏と大きな赤字となります。逆に作付け面積が大規模となれば、5~10haの農家だと生産コストは12,161円/60㎏と利益は僅かですが、50ha以上の大規模農家になると、9,040円/60㎏と採算は十分取れていることになります。
農業従事者の数は、1960年の1,175万人から、2021年は130万人まで減りました。農業従事者の平均年齢も、65歳以上が70%を占めるほど、高齢化が進んでいます。農地面積も、1965年の600万haから1921年は434万haに減少しています。一次産業全般に言えることですが、体力的にきつく、休みも少なく、それに見合う収入がなければ、その職業に従事する人はいなくなってしまいます。食料政策を考えたとき、農業を魅力的な職業とするために、組織化し、大規模化して、生産コストを減らしていくような施策でなければならないと考えます。その上で、法人化して労務管理をきちんと行い、働きに見合った給料が支払われるような組織でなければ、魅力的な職業とならないでしょう。
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■ 4.おわりに
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日本の農畜産物は、フルーツであればその糖度の高さであったり、品質が高いことが海外でも評価されているようです。そして、日本食の海外への浸透とともに、日本食材を輸出するチャンスは広がっていると言えます。農林水産省のデータによると、農林水産物・食品の輸出額は2021年に1兆円を突破し、2025年に2兆円、2030年には5兆円の目標を掲げています。
また日本には優れた農業技術もあり、最近ではビッグデータを基にした効率的な栽培管理や、ドローンやロボットで農薬散布や収穫、選果作業等を行い、生産性を高めるような事例が様々出てきていることから、今後はより小人力で、大規模な農業を行える可能性があると思います。それが国内での食糧安全保障に繋がり、農畜産物が日本の輸出の主力商品になることを期待したいと思います。
本日もAW-Biz通信をお読みいただき、ありがとうございました。