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Vol.168 女性活躍のホンネ 第2弾

ビズサプリの辻です。
先日、2022年に出生した子どもの数が80万人を割り込んだというニュースが大きく報じられました。当初の想定で出生数が80万人を割り込むのは2030年と予測しており、少子化が想定を上回るペースで進んでいます。少子化については、何十年も前から指摘され、少子化対策が過去から様々実施されていますが、結果を見る限りこれまでの対策は有効ではなかった(失敗だった)と言わざるを得ないでしょう。
この点、岸田政権は「異次元の少子化対策」として、これまでの予算を倍増させた政策を発表していますが、内容としては
・児童手当など経済的支援の強化
・学童保育や病児保育、産後ケアなどの支援拡充
・働き方改革の推進
の3つとなるそうで、この他にも非正規雇用の子育て世代に対しての給付制度の創設等が考えられているそうです。

この施策で少子化の動きを反転させるかどうかは数年後に結果として出てくることになります。ただ、私は残念ながら期待薄と思っています。少子化の問題は、ジェンダーギャップ、景気、社会など様々な分野の課題と関連します。少子化の流れになるこの状況を反転させるには、非難も相当出るような思い切った施策(それを「異次元」というのだと思ったのですが)が必要ですが、今回の施策をみても、「びっくり」して賛否両論が盛り上がったことはなかったように思います。
政策を考える側の頭が硬直化していて、急激な変化や危機感を感じることができていないのではないかと思うのですが、これは日本企業の失われた30年でよく言われるフレーズと同じようにも思えます。

今日は、少子化の一要因ともなる女性活躍について前回取り上げてからの変化と最近の動向について述べたいと思います。

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■ 1.ジェンダーギャップに対する地位

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以前、私がこのビズサプリ通信でジェンダー問題を取り上げたのは2018年9月でした。ここでは、東京医科歯科大学の女性受験者に対する得点操作の不祥事から、女性活躍の難しさについて述べたものでした。そこから4年半たってさすがに点数の調整はなくなっていると思いますが、我が国のジェンダーギャップの立ち位置はどのようになっているでしょうか。

ちょうどジェンダーに関する調査結果が3月に立て続けに2件発表されました。
まず、3月2日に世界銀行が世界の国と地域の経済的な男女格差に関する報告書を発表し、日本はOECD(経済協力開発機構)の加盟国で最下位ということでした。
この報告書では、「育児」や「賃金」など8分野で、女性の経済参加に関する法律の制定状況などが、100点満点で評価されているものです。日本の得点は78.8点で、OECDに加盟する38カ国中で最下位、特に「賃金」や「職業選択」の面での評価が低いとのことでした。
3月8日は、国連が定めた「国際女性デー」で、イギリスの経済誌「エコノミスト」が主に先進国29か国を対象に女性の働きやすさを評価したランキングを発表し、日本は最下位から2番目でした。なお最下位はお隣の韓国です。この調査は男女間の賃金格差や育児休暇、子どもの教育にかかる費用、管理職や議会の女性比率など10の指標に基づいて各国を評価するものとなっていて、前述の世界銀行の調査とほぼ同様の結果となっています。つまりは、ジェンダーギャップについても先進国の中では最下位争いから抜け出せていないとのことです。

なお、先進国だけでなく比較的多くの国を対象としている世界経済フォーラムが毎年公表しているジェンダーギャップ係数調べでは、2022年の日本の順位は146か国中116位(前回は156か国中120位)でした。前回と比べて、スコア、順位ともに、ほぼ横ばいで、先進国の中で最低レベル、アジア諸国の中で韓国や中国、ASEAN諸国より低い結果となりました。

このようにどの調査をとっても最下位レベルは変わらず、女性活躍についても遅々として進んでいないように思えます。どの調査においても女性の政治参画と経済的な不平等(賃金格差)が順位を大きく引き下げる要因となっていること、女性の教育については高スコアであることもここ数年変わっていない状況です。

このような状況から考えると、女性議員が少ないことで女性活躍のための政策(一部は少子化対策ともなる)のピントがずれていて、そのために十分に教育を受けた優秀な女性が活躍できる環境が整わず、結果的に経済的な格差が生まれているというサイクルではないかという仮説が成り立ちそうです。暗い気持ちになりますね。

なお、日本の中だけで見ると、女性管理職比率、男性の育児休暇比率などは間違いなく伸びていますので、何も変わっていないわけではないのです。周りがもっと変化をしているので世界の中の相対的な立ち位置は変わっていないと言えます。
「頑張っていないのではないけれど、周りがもっと頑張っている」状況といえます。
女性活躍だけに限らず、「失われた30年」といわれる様々な状況と非常に似ているように思います。

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■ 2.首相のリスキリング発言

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岸田首相が、衆議院の予算委員会の質疑にたいして「育児休業中の人たちにリスキリングを後押しする」といった答弁をしてちょっとした炎上になったのをご存じでしょうか。
この発言に対して、共産党の小池晃書記局長は「子育てに格闘している時にそんなことができるわけがない」と述べ、国民民主党の榛葉賀津也幹事長は「育休中にリスキリングをしろと。がっくりした」と発言したとのことでした。また、自民党の茂木敏充幹事長は「子育てがキャリアにマイナスにならないようにという話をした。仕事をしなさいなんて言ってない」と反論し、自民党の大家敏志氏は27日の参院本会議の代表質問で「産休・育休中のリスキリングでスキルを身につけたり学位を取ったりする人を支援できれば、キャリアアップが可能になることも考えられる」と主張したとのことでした。(2023年1月29日 日本経済新聞より)女性議員が少ないということがこの辺りに影響を与えているような気がしました。
子育てと仕事をしてきた私の周りの女性たちからすると、「子育て自体が一番のリスキリングで、その後の仕事に大いに役に立った」という視点が抜けているように思います。

私は、育児休暇及びその後の育児と仕事の両立を進めていく中で、

・コントロールが不能な状況を抱えながら物事を前に進めていく力
・多くの事象から優先順位を付けて取捨選択をしていく力
・様々な人達とコミュニケーションを取りながら支援を取り付けやり遂げる力
・マルチタスクをコントロールする力
・自分以外ができることを任せる力

が格段に身に付いて、生産性は大きく向上しました。

これは、選択を間違うと命にも関わるという緊張感を持ちながら日々暮らしていく中で身に付いたスキルだと思います。
子育て自体が壮大なリスキリングです。そもそもキャリアにマイナスになるようなことなんて何もないはずです。2022年に厚生労働省が発表した最新のデータによると、女性の育児休業取得率は85.1%で、それに対し、男性の育児休業取得率は13.97%だそうです。多くの男性がリスキリングの機会を逃しているのかもしれません。
「育児に参加しないなんて、それで仕事ができるわけないじゃん」という空気が社内に行きわたるぐらいになると面白いですよね。

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■ 3.伊藤忠商事の取組

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女性活躍のために各企業様々な取り組みを実施されていると思います。例えば女性管理職比率や女性の採用比率、男性の育児休暇比率などをKPIとしている企業が多いと思いますが、もう少し思い切った施策として伊藤忠商事株式会社が実施してしる女性活躍の取組が一歩踏み込んでいて、そして数値として結果を出している点が興味深いためご紹介をします。

伊藤忠商事では、2021年10月から取締役会の任意諮問委員会として「女性活躍推進委員会」を設置し、「役職登用・役職候補者の育成」「キャリアや働き方の多様性」について議論を重ねてきたそうです。その結果として、女性役職者の登用数の増加(2021年4月35名→2022年4月46名)となったことに加えて、2010年以降進めている朝型勤務の進化により、同社における期間合計特殊出生率が、朝型勤務体制を敷いた2013年以降上昇して2021年度には、1.97となったとの開示がありました(伊藤忠商事HP 2022年4月9日リリースより)。個別の企業が出生率をKPIに掲げて、それを開示し続けるというのは賛否両論もあるとは思いますが、少子化という社会問題に対して企業が正面から捉えてごまかさずに対応している様が見て取れます。

社内の出生率が上がり、結果として社内に子どもを持つ人が増えてくれば、キャリアと両立させていくための取組も自ずと充実してくるものです。同社は、2022年5月より出産・育児のピークである30-40代のキャリア継続支援が重要と考え、「働き方改革」第2ステージとして、「20時以降、原則残業禁止」「8時以前の朝型勤務」に加え、「15時以降の早帰り」を認める「朝型フレックスタイム制度」、全社員を対象とした「在宅勤務制度」も導入されたとのことです。これにより男女にかかわらず育児参加ができるようになるでしょう。そしてこのような取り組みは、今後は記述情報として有価証券報告書に開示されていきますし、統合報告書でも様々な情報が開示されています。ちなみに伊藤忠商事は、2022年2月22日に年金積立金管理運用独立法人(GPIF)が公表した優れた統合報告書として、一番多くの運用機関から「優れている」という評価を受けた会社としても記載されています。

このような施策を反映してか、伊藤忠商事の就職企業人気ランキングでは様々な調査で常に上位にランクインをしています。すぐれた取り組みがわかりやすい開示にもつながり、そして人材獲得にも大変貢献しているという好循環が生まれていそうです。

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■ 4.女性活躍のホンネ

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伊藤忠商事のように一部の会社でうまくいっている取組があるものの、「管理職に引き上げたくても断る女性が多い」「女性活躍が進まないのは女性側にも問題がある」というステレオタイプの発言を聞く機会も多く、ある意味聞き飽きました。
少子化・子育て・家事負担が諸外国に比べて圧倒的に女性が負担している状況の中で女性活躍を述べることはかなり無理があります。女性活躍のためには、男性も含めた働き方改革が必須です。

私はよくセミナーで組織風土や企業文化とは「誰がその組織でえらくなってきたか(評価されてきたか)の歴史」というお話しをします。組織風土や企業文化を変えたいと思っている経営陣は、自分たちが評価されない(=上に立っていてはいけない)組織にすることだという自己矛盾をしていることに気づくということです。
そう考えると、我が国は、ついこの前までは家庭や子育てを専業主婦である奥様にお任せし、一つの会社を務めあげる事が評価される文化だったわけですから、そのような風土や文化を変えるのは至難の業です。また、子育て中は家庭内の問題で、子育て中は(特に女性は)色々なことを犠牲にすることが美徳だと評価されている風潮も変えていく必要もあります。

まずは、自分の周りから、多少の非難や衝突があっても、声高に主張していかないといけない危機的な状況なのかもしれません。

「育児休暇を取らずに仕事だけをしていたなんて、要領悪いよね」
「一つの会社だけでしか勤まらなかったなんて恥ずかしいよね」
「育児休暇取らないなんて、成長のチャンスを逃すよね」
「学校行事にも参加できないような仕事の仕方をしているなんてチームビルディングが下手だよね」
いかがでしょうか。なかなか難しそうですよね。

現状は、令和2年度に厚労省が実施した「職場ハラスメントに関する実態調査」によれば、「過去5年間に勤務先で育児休業等に関するハラスメント又は不利益取り扱いを受けことがあるか」という質問に対して、男性社員の26.2%が受けたことがあるという回答で、その内容としては、「上司から制度の利用を阻害する言動」「昇進・昇格の人事考課における不利益な評価」「上司による解雇その他不利益な取り扱いの示唆」など上司からのハラスメントが上位を占めたとのことです。
結局は上司=えらい人の価値観がしばらくは優先されてしまうのでしょうか。

ただ、このような状況を打破するため、2023年4月から、大企業を対象に「男性の育児休業取得状況」の年1回の公表が義務化されます。恐らくランキングがされて公表されるでしょう。そうすると少し潮目も変わってくるかもしれません。

情けないお話しですが、しばらくは「開示」に後押しされた少子化・女性活躍施策が続くのかもしれません。

本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。

カテゴリー
会計
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その他
執筆者
辻 さちえ
三木 孝則
庄村 裕​
花房 幸範​
久保 惠一​​
泉 光一郎

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