Vol.139 監査法人の交代について (2021年8月18日)
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【ビズサプリ通信】
▼ 監査法人の交代について
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ビズサプリの泉です。
新型コロナ感染症がはやく沈静化してほしいという話をここ1年半していますが、ワクチンが効きづらいというデルタ型の感染が広がっており、当初想定していたよりも長引いているというのが個人的な感想です。結局、オリンピック、パラリンピックも1年延期したものの無観客かつ東京は非常事態宣言の影響もあり、若干盛り上がりにかけているようです。
最近、監査法人の交代が多いなとは思っていたのですが、先日帝国データバンクから「上場企業の監査法人移動調査(2021年上半期)」が発表され、今年は昨年に比べても多くなっていることが明らかになっています。私は監査業務を行っていないのですが、会社の決算サポート業務などの際にクライアントと話をすることも多いのでクライアント側から会計士としてみた監査法人の交代についてお話したいと思います。
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■ 1.直近の監査法人の交代状況
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先述の帝国データバンクの資料において、「就任は中小、準大手、退任は大手が目立つ」となっています。大手とはいわゆるBig4と呼ばれる4大会計事務所ということで有名ですが、その下の準大手の定義については一般的には次のようです(「令和3年版モニタリングレポート」公認会計士・監査審査会)
大手:有限責任監査法人トーマツ、有限責任あずさ監査法人、 EY新日本有限責任監査法人、PwCあらた有限責任監査法人
準大手:仰星監査法人、三優監査法人、太陽有限責任監査法人、東陽監査法人、 PwC京都監査法人
中小:大手、準大手以外
規模感として大手はクライアント数も100社以上、社員を含む監査従事者も1,000人以上、準大手はクライアント数50社以上、監査従事者が50人以上といった様子です。
「令和3年版モニタリングレポート」によると令和3年6月期の監査法人の交代は209社と3年前の116社と比べて大幅に増えていることに加えて、そのうち約100社の交代の理由が3年前にはほとんどなかった「監査対応と監査費用の相当性」「監査報酬」でありコストの観点からの交代が増加しているようです。
交代先としては、大手から準大手、中小への交代件数が129社となっており、規模の小さい監査事務所への交代のうち約7割は監査報酬が減少しているとのことです。 実際、私の周りでも現在の大手監査法人から監査報酬の大幅増額を求められ、監査法人の交代を検討している会社が何社かあります。大手の法人内部の具体的な事情はわかりませんが、昨今の監査手続等の厳格化による法人内作業の増加、システム投資や監査のデジタル化などの新規手法の開発のための投資によるコスト増、監査法人内の労務環境の改善に伴う人手不足やコストの増加により、採算性の悪いクライアントには報酬の増額を迫らざるを得ないのではないかと思われます。
当然、IPOのような監査リスクが高いにも関わらず監査報酬が高くない案件については、大手が手掛ける件数は減っており、「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会」報告書(2020年3月金融庁)によると2018年から2019年の新規契約数について、大手は2割弱減少し、準大手が2割強増加し、準大手が大手を上回ったとのことです。 規模別監査報酬では、大手は平均74百万円、中央値37百万円に対して、中小では平均27百万円、中央値22百万円となっており(「月刊監査役」2021.7.25)、大手はより大型クライアントにシフトしていることが想定されます。
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■ 3.クライアントからみた監査の価値
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監査は次の2つの形があります。 (「2019年版_上場企業監査人・監査報酬_実態調査報告書」)
・株主から委託された財産を管理・運用した結果を適切に報告していることを監査法人が保証する会社法の監査(利害調整支援型監査)
・資本市場の投資家が資金提供するための意思決定のためにその財務諸表を保証する金商法の監査(意思決定支援型監査)
いずれにしても、監査の受益者である株主や、投資家が監査報酬を直接的に払っ ているわけではなく、また監査法人の選択を直接行っているわけではありません。
監査報酬をクライアントが支払うことから、監査法人の独立性に疑義があるという指摘が従来からあるものの、現状、意思決定支援型の財務諸表監査では、監査法人が経営者に対して指導を行い、適切な財務諸表を提供することが必要であり、そのためには両者の間に相互信頼を前提にした協働関係が成り立つようにするには、受益者と報酬支払者は異ならざるを得ないという結論になっています。(「2019年版_上場企業監査人・監査報酬_実態調査報告書」)
監査法人の交代の理由がコストだとした場合、つまりクライアントはその支払う監査報酬の金額と提供される監査の価値にギャップを感じているということになります。では、監査の価値つまり品質というのはどういうものなのでしょうか。
監査の品質に定義は存在しない(監査基準委員会研究報告第4号「監査品質の枠組み」)のですが、上記監査の目的に沿って考えると、形式的にはクライアントからすると資金調達および株主への説明責任が達成できればよい、つまりできるだけ監査費用は低く、早期に終わり、業務への影響が少ないことが物差しとなり、上場会社監査事務所名簿にさえ登録してあればよいことになります。
しかし、個人的にはそうは思いません。 監査法人は、その専門性と他社事例などの広い知見があるのですから、クライアントの事業、規模、状況に応じたいわゆる指導的機能を十分に発揮することにより、クライアントの感じる価値を高めることができるのではないでしょうか。もちろん、指導的機能が監査の本質的な目的ではないものの、そういったことの積み重ねによりクライアントとの信頼関係が高まり、円滑なコミュニケーション が生まれ監査の本質的な目的である虚偽表示のない財務諸表が効率的に作成され、 結果としてクライアントも監査法人も互いにwin-winな関係になるのではないかと思っています。
特にリモート監査で陥りがちなのは、一方的に資料の提出だけを求め、修正事項だけ指摘する。ビジネススキームなどを理解せず、請求書や検収書といった形式的なチェックに終始し、クライアントの事業についてもあまり理解できていないため、結果として報告会においても実態に即した指摘ができず、一般的なものとなり、あまりクライアントとしては価値を感じられないことになるのは避けたいところです。
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■ 4.監査法人の選び方
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ここ1、2年の交代の増加はクライアントが感じる価値と監査法人の提示する報酬のギャップにより起こっているのではないかと述べましたが、中小への交代を検討する際に、従来問題視されていた事務所としての品質管理については公認会計士協会の品質管理レビューなどによりかなり改善されてきました。今後は監査法人を選ぶ際もとりあえず大手に依頼しておけばいいというのではなく、きちんと報酬と価値を検討して選んでいくことが重要になると考えています。
大手に依頼することは、他社事例や業種対する深い知見、海外ファームとの提携による幅広い対応、IFRSやUSGAAPなどのJGAAP以外の専門性など中小では対応できないメリットがあります。半面、大手は公認会計士業界における新人教育を担う立場も負っており、(自分の新人の頃もそうでしたが)小規模な監査チームでは現場は1,2年目の新人ばかりで経験、知識が不足し、かつ毎年新しい新人がきて監査対応の工数がかかり がちです。また、大手ほど投資や間接部門のコストがかるため同規模のクライアントの監査においても中小と比較すると高くなります。
従来は、クライアント側もスイッチングコストを考慮すると継続したほうがよいということで監査法人の交代には積極的はありませんでしたが、今後は会社のステージ、規模、求めるスキルなどを勘案して適切な監査法人を選ぶことが会社、ひいては背後にいる株主、投資家のためになるのではないかと思います。
ビズサプリグループでは、会社規模、ステージに応じた様々なコンサルティング業務も行っておりますので、何かお役に立てることがありましたらご相談ください。 本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。