vol.210 ケインズの予想
ビズサプリの三木です。
1968年に制作された映画「2001年宇宙の旅」では既に人類は月に居住をしており、人工意識を持つコンピューターHALと共に人類が木星に向かう途中で勃発した物語が舞台となっていました。2001年は過ぎ去り、映画から50年以上が経ちましたが、そうした宇宙の旅はまだまだ先のことになりそうで未来予想は難しいものです。
いまから約100年前、著名な経済学者のケインズが100年後の経済を大胆に予想した基調講演を行いました。その予想は当たっていたのでしょうか?
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■ 1.一日3時間労働!?
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経済学に触れたことのある人ならケインズという名前は知っているでしょう。1883-1946年、ほぼ100年前の世界を生きた経済学者で、上手に減税や公共投資を行うことで需用を増やせることを理論的に明らかにしました。現在の経済政策は単純に市場に任せるのではなく、市場に国家が適切に関わるようになっていますが、その考え方の基礎となった大経済学者です。
ケインズは1930年に行った「孫の世代の経済的可能性」という講演の中で、以下のようなことを話しました。
・100年後には技術革新が進み、貧困等の経済的問題は解決してしまうのではないか
・経済規模は4~8倍に拡大し、長時間働かなくても良くなるのではないか(例えば3時間とか…)
それから100年近くが経ち、確かに経済規模は各段に拡大しました。しかしながら昨今の日本はむしろ働き手不足で、1日3時間労働は実現する気配もありません。諸外国においても、少々の時短はあっても3時間労働とはなっていません。そういう意味ではケインズの予想は外れたように見えますが、実は講演の趣旨は違ったところにあったようです。
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■ 2.余った時間の使い方
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ケインズの講演が行われた1930年には携帯電話もインターネットもパソコンもなく、テレビ放映の実験がようやく始められた時代です。そして1929年からの世界大恐慌の真っただ中で、経済の見通しは悲観的な状況でした。国の経済政策はまだ自由放任主義=レッセ・フェールが主流で、ルーズベルト米国大統領のニューディール政策や高橋是清の時局匡救事業などケインズ流の経済政策の採用が進むにはもう少し時間が必要でした。
そんな時代に行われた講演のテーマは100年後の世界でした。
人間は食料を確保するために働き続ける生活を長く続けてきたところ、ケインズの時代に産業革命の成果が行きわたったことで(先進国では)生きていくのに必要な食べ物や衣服は短い労働時間で得られるようになってきました。そして、衣食住に関する経済的懸念が解決されたあと、果たして人間は余された時間をどう使うのか…というのがケインズの講演の主題でした。一日3時間労働というのは時間の使い方の一例で、講演の本旨は「時間が余ったときに人はいかに生きるのか?」であり、そして、その1つの例が3時間労働でした。
その後の歴史を見ると、人間は余された時間を使ってより豊かになることを選択したと言えるでしょう。ここ数十年でインターネットだとか海外旅行だとか、ケインズの時代には考えられなかった産業が多数発展し、それが今の私たちの「豊かさ」につながっています。一方でそれだけ仕事も生み出されたため労働時間は大きく変わっていません。
自分の親を見ていてもそうですが、仕事一筋で生きてきた人が定年を迎えると急にヒマになって時間の使い方に困りがちです。鉄道が生まれてもコンピュータが生まれてもインターネットが生まれても人類は同じくらいの時間働き続けています。時間の使い方が問われるというケインズの着眼点は正しかったものの、きっと人類は暇を持て余すことに慣れておらず、今後もついつい新しい仕事を生み出してしまうのでしょう。
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■ 3.美人投票
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このメルマガを書くためにケインズのことを調べていたら、実はケインズは経済学者であると同時に投資家でもあったということを知りました。そしてその投資方法は少し変わったものでした。
著名な投資家であるウォーレン・バフェットは、事業の長期的な成長性を見極めて投資をすることで有名です。そのためにバフェットは事業内容や市場の状況など多くの情報を分析して投資先を決めます。この投資手法は株式投資の王道と言えるでしょう。
これに対してケインズは、朝起きてベッドの中で新聞の金融情報を読み、電話取引を行うだけという簡素なスタイルだったそうです。そしてその投資理論は、自分が良いと思う投資先に投資するのではなく、自分以外の人が投資しそうな会社に投資するという方法でした。この理論はKeynesian beauty contest(ケインズの美人投票)という用語にすらなっています。
考えてみれば、経済用語には景気に売り気配に買い気配、景況感など、「気」「感」といった漢字が多数あります。それだけ経済は人間の気分で左右されているということでしょう。みんなの気分が向かうところを探し当てる美人投票理論によって、ケインズは大恐慌の時は損失を出したものの、その後はかなりの投資成績を上げたようです。
大経済学者でありながら、余った時間の使い方に着目したり、美人投票投資という方法を編み出したり、なかなか着眼点が人間臭くユニークです。また、前述の講演は大恐慌の真っただ中で行ったのにも関わらず楽観的な見通しを示して、大恐慌は経済の調整不良の一時的な段階と割り切って話をしたようです。こうした人と違う切り口や着眼点、目先の不況にとらわれない視野が持てることがケインズの器であり、新しい経済理論を立ち上げた土台であり、今日に至るまで大きな影響力を持っている理由なのかもしれません。