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vol.208 本のはなし

ビズサプリグループの辻です。

まったくの私事ですが、娘が16歳になりました。ほとんど手が掛からなくなってしまい、成長がうれしい反面寂しくもあり、何とか構ってもらおうと娘に話しかけ続け煩がられるような日々です。ちょうど娘に手が掛からなくなってきた時期とコロナ禍が終わった時期と重なったこともあり、最近は出張や趣味のマラソンで海外も含めて様々な場所に行けるようになってきました。そうすると長時間の移動が伴いますが、その間の楽しみは飲食と読書です。特に仕事が終わった後、マラソンを走った後の移動時間にワインやビールを飲みながらおつまみを食べつつ小説を読む時は至極の時間です。

本は駅に近い本屋さんで行き当たりばったりで選ぶことが多いのですが、先日新幹線に乗る前に東京駅のヤエチカにある本屋さんで新幹線の中で読む本を探していた時に「キッチン常夜灯」という本が目に留まりました。本の帯には、「今日を頑張った私においしいご褒美。ここはこころを整え満たしてくれるお店」とありました。美味しそうなワインとお肉のかわいらしい表紙の絵にも惹かれて別の何冊かと一緒に購入しました。

そして、最初に生活保護の不正請求という社会問題に切り込んだ小説を読んで重たい気持ちになっていたので、かわいい表紙の「キッチン常夜灯」を読み始めました。

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■ 1.キッチン常夜灯
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「キッチン常夜灯」は、水道橋にある21時から翌朝まで営業をしているビストロです。シェフとソムリエは元々とても有名なレストランで働いていたのですが、オーナーが変わり、自分たちの考えと合わなくなってしまったことでそのレストランを去り、理想を叶えるお店として「キッチン常夜灯」をオープンしました。そのお店は、昼間は戦闘モードで働いた老若男女様々な人たちが、戦闘服を脱いでホッとできる場所となっています。お客様同士もそのような雰囲気を大切にしていて、年齢や性別を問わずお互いの人生や考え方を尊重しながら食事とおしゃべりを楽しむ場所です。仕事仲間で行っても、大切な友人と行っても、一人で行っても寛げて、そして自分のことを気にしてくれる人に会えるビストロです。こんな居場所が、みんなにあれば、醜いハラスメントや職場のいじめもなくなるのではないかと思います。

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■ 2.女性活躍の名目で「店長」になってしまった主人公
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小説の主人公は、レストランチェーン店で店長をしている入社7年目の女性です。

『社長がいきなり、女性が活躍する企業を目指すなんて言い出して、既存店の半分を女性店長にしたんです。』といきなり店長になり、そして、『店では分不相応な責任感を与え、店を出ても緩やかに私を締め続けて、少しも弱音を吐かせてくれない』という思いを抱えつつ、多忙な日々を送っています。店長という重責、人手不足、インバウンド需要で店は大変繁盛しているという状況下で、アルバイトの学生が休みの時には自分が休日返上で働き、若い女性店長が面白くないのか全くやる気を見せず、言葉も粗い年上の男性部下には波風を立てないようにコミュニケーションとりつつ「自分がなんとかしなければ」と真面目に頑張っているうちに不眠症になってしまいます。辞めたいという気持ちも出るのですが、事情があり辞める勇気もありません。

女性管理職比率を上げるという目標のもと、ある日突然管理職となり、それを「面白くない」と思っている人達を束ねていかなければならないことは、結構あるあるの状況ではないでしょうか。そんな時「大丈夫、みんな通ってきた道だよ」と言ってくれる人が近くにいればいいのですが、これまで女性管理職が大変少なかったこともあってロールモデルがなかなかいません。たとえ女性の先輩がいたとしても、仕事が終われば、家事や育児のためにダッシュで帰宅してしまいます。そんな先輩に対して自分の悩みを聞いてもらうために「ちょっと飲みに行きませんか」とは言いづらいものです。このような状況の中で一人で問題を抱えてしまう女性も多いと思います。この孤独感は女性が管理職になりたがらない大きな理由の一つです。

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■ 3.主人公はどのように課題を解決していくか
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悩む主人公は、「キッチン常夜灯」で心のこもったおいしいシェフのお料理や、そこに来る様々な人生を抱えた常連客といろいろな話をしながら、気づきを得て行き詰っている店長という自分の今を打開していくヒントを掴んでいきます。

  • ひたむきに仕事に向き合っていけば、いつかは与えられた職位に相応しくなれるかもしれない
  • さしあたり自分の居場所は店長というあの店だけ。だから自分が心地のいい店に変えればいい。なぜなら私は店長なのだから
  • やきもきするのが店長で、それを減らすのは自分が動かなければいけないと思っていた。でも、人を動かし、自分の分身を作ることが本当の役割ではないだろうか

このほかにもたくさん主人公の気づきがあるのですが、ご興味がある方は読んで頂ければと思います。

主人公はこのような気づきを得ながら少しずつ店長としての自分のやり方を身に付けて、周りをしっかり巻き込んで店の運営をしていきます。その過程をお料理やワインの美しい描写や様々な登場人物の物語と合わせて小説として読むと、女性活躍について肩の力を抜いて本音が理解できるのではないかと思いました。

先日参加したDEIのセミナーで登壇者の方が『最近は「女性活躍」と検索すると、「女性活躍 うんざり」と出てきます』とおっしゃっていました。人口の半分を占める女性の管理職の数が12.7%とまだまだ大変低い(厚生労働省令和5年度 雇用均等基本調査結果より)のに、女性活躍疲れがあることが大変驚きであきれてしまうのですが、このような状況は男女ともに不幸です。なんとなく女性活躍が腑に落ちない方がいれば男女問わず手に取って頂きたい本だと思いました。

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■ 4.主人公以外にも頑張る大人たちがたくさん登場
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主人公のほかにも頑張る大人たちが「キッチン常夜灯」に来店します。各人、事情と葛藤を抱えながらおいしいお料理とワインに癒されて充電をしていきます。働くということ、生きていくということは、しんどいことがたくさんあるけれど、そのしんどいことにもひたむきに向き合い、前を向いて何とか乗り越えたことはすべて経験となって自分の血となり肉となり、人生を彩るのだと改めて感じさせられました。

そして、著者は飲食店勤務が長いとのことで、料理の描写が何ともすばらしい。私が食べることが大好きだからということもあって、料理の描写に胸が躍ります。ナッツが入った栗のポタージュ、旬のホワイトアスパラのソテー、原木から切り出す少し厚めの生ハム、プリプリの内臓ソーセージ、大きな帆立の殻に入ったグラタン(コキールグラタンというらしい)、仔羊のフィレ肉とフォアグラのパイ包み、ざっくりしたパイに載せた焼きリンゴ、金色のシードル、華やかな香りなのにきりっとした味わいのアルザスワイン、華やかで滑らかな赤ワイン…これはほんの一部分です。とにかく美味しそう。そして朝を迎えると、今度は朝の清掃仕事にいくお年寄りの方々のために、ほかほかの塩おにぎりとお味噌汁のとびきりの朝ごはんを提供して、彼らが出勤をしていく頃に閉店となります。

なお、続編も2冊出ているようです。はまった方が多いということなのでしょう。働く大人への応援歌となる「キッチン常夜灯」、続編も次の出張で早速読もうと思っています。

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■ 5.でも本当にしんどい時は
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「キッチン常夜灯」はちょっと疲れたときに読むと力が湧いてくる本ですが、時には「ちょっと疲れる」だけではないこともあるものです。そんな時は「キッチン常夜灯」のような温かくてポジティブな本は「そんなに世の中はうまくいかない」と思ってしまうこともあるかもしれません。であれば、暗い部屋で失恋ソングを聞くのと同様に、とことんまでネガティブになってから這い上がるのも一つの手です。そして、世の中はそういう人が多いのか、NHKラジオ深夜便で「絶望名言」というコーナーが人気だそうです。なかでも小説家カフカは絶望名人だそうで、カフカが残した言葉を読めば「カフカよりはマシか」と元気になれるとのこと。早速「絶望名人カフカの人生論」という本を手に取ってみました。

この本、ネガティブなカフカの言葉とその言葉に対する訳者の解説が並ぶのですが、ネガティブも過ぎると笑いになるのだと思いました。著者も「絶望をしている人に届けばいい。そして今は全く絶望をしていない人には大いに笑って読んでほしい。いつか共感する日や泣きながら読むことがあるかもしれない」とあとがきで書いています。

ここでは1つだけ「絶望」をご紹介します。

『将来に向かって歩くことは、ぼくにはできません。将来に向かってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです』

ちょっとクスっとしませんか。

仕事だけでなく、少し立ち止まれる居場所や自分を癒せる手段を持っていること、これは健全に仕事を続けていくうえで必要なスキルではないかと思います。お店、本、音楽、ワイン、釣り、ゲーム、マラソン(笑)、みなさんはどのように自分を癒されていますか。

本日も【AW-Biz通信】をお読みいただき、ありがとうございました。

【ご紹介した本】
「キッチン常夜灯」長月天音著(角川文庫)
「絶望名人カフカの人生論」頭木弘樹著(新潮文庫)

カテゴリー
会計
内部統制
ガバナンス
不正
IT
その他
執筆者
辻 さちえ
三木 孝則
庄村 裕​
花房 幸範​
久保 惠一​​
泉 光一郎

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