Vol.199 人的資本会計の可能性
ビズサプリの辻です。
夏から秋をすっ飛ばして冬が来るような極端な気温の変動が続き体調を崩している方も多くみられるようですが、皆様お変わりありませんでしょうか。
先日気象庁より発表されたこの冬の3か月予報は、気温は平年並み(ということは普通に寒い冬なのですね)、そして降雪量は平年よりも多いそうです。特に日本海の海水温が平年より高く多くの水蒸気を含んでおり、「一気に降り積もるような大雪に注意」とのこと。ゲリラ豪雨やドカ雪といった極端な気候への備えが毎年必要になってくるようです。
米国の大統領選挙ではトランプ氏が当選し、地球温暖化対応の行く末も不透明感が増しているようにも思います。
一方で企業は、環境に対する取り組みを積極的に行うことが求められており、その方針や姿勢、結果について有価証券報告書に非財務情報で開示が求められていますが、今日は非財務情報のうち、「人」に関することについて、日本経済新聞に人的資本のBS計上について面白い記事がありましたのでご紹介したいと思います。
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■1.成長の原動力、どう評価?
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11月21日の日本経済新聞に「マンチェスター・ユナイテッド(マンU)に学ぶ人的資本会計~成長の原動力どう評価 移籍金計上 ケガで減損も」という記事が掲載されました。現行の会計ルールでは難しい「人への投資」の資産計上について、マンUの年次報告書において、主に他クラブから選手を獲得する際に支払った移籍金を無形資産として計上し、契約期間にわたって償却する仕組みです。
また、ケガなどで投資を回収できない場合は減損の対象にもなります。
マンUの登録権は2024年6月末時点で4億857万ポンド(約800億円)となり、総資産に占める割合は30%に達しました。同様に、イタリアのユベントスでも2023年12月末時点の選手登録権が総資産の40%を占めており、選手ごとの簿価も開示されているようです。
スポーツ選手のように契約期間が決まっていて、その選手が活躍することがクラブの収益に直接的に影響を与えるため獲得のために支払った金額を「登録権」として資産計上することは納得感があります。
一方でケガが減損の兆候になるといったところは選手自体がBS計上されている感覚にもなり、ケガでなくて「思ったより活躍しない場合」はどうなるのだろうとか、ケガでどのぐらい減損をするものだろうか、と面白い論点がありそうです。
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■2.のれんの会計処理に近い
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マンUの登録権は、他クラブから選手獲得の際に支払った移籍金などを計上したもので、生え抜きの選手などは対象にならないそうです。チームの力(≒チームの収益力)を考えるとクラブの生え抜きの選手に関する投資もなんとかBS計上したいものですが、そこはなかなか難しいようです。
このような登録権の会計処理は「のれん」の会計処理によく似ています。
「のれん」とは、買収した企業のブランド力や顧客基盤、従業員の能力などに基づく「超過収益力」に対して支払われた金額を指し、買収金額から純資産額を差し引いた部分を指します。のれんは、買収された企業が予定通りの収益を上げられない場合に減損処理されます。
一方で自己創設ののれん、つまり企業自身が築いたブランドや収益力は、主観的な評価に頼らざるを得ないこともあり、現状の会計基準では資産計上が認められていません。自己創設のれんが多くある企業は稼ぐ力があるということですから、本来は将来の収益源となる「資産」が計上されてほしいところなのですが、会計基準上はそうなってはいません。
生え抜き選手に関する投資がうまくいっているかどうかは成績、その結果ついてくるはずの収益力で判断することになるのでしょう。
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■3.人的資本への「支出」の見える化
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日本経済新聞の記事では、マンUのような会計処理はITやコンサル、資産運用や製薬などヒトへの依存度が高い業種を中心に取り組みの参考になるとしています。また、「人工知能(AI)技術者といった高度人材については、将来に支払う給与コストを超えて企業にもたらす付加価値を計量化し、時価を測定するのも一案」「デジタル人材、研究開発、グローバル人材など分類して時価を開示すれば投資家に有用」といった公認会計士の意見が書かれています。確かに投資家にとって、企業にいる人材の見える化はかなり有用な情報になると思います。
現状の有価証券報告書の人的資本の開示において定量的な数値の開示は、「働きやすさ」や「ダイバーシティ推進」といった取り組みが、開示や、開示内容の分析の中心になっていますが、今後はどのような人材を積極的に採用しているのか、その価値をどのように図っているのか、人的資本の投資をどのように実施しているのか、将来を託す人材を外部から獲得するのにいくら支出したのか、その結果どのような成果があったのか等、企業価値の向上に直結する人的資本への投資について積極的に開示していくことも必要になってくると思います。
ちなみに、KPMGあずさ監査法人の「有価証券報告書の開示に関するデータ分析2024-人的資本の多様性およびGHG排出量の開示―」によると、人的資本の多様性に関する指標のうち、PBR(株価純資産倍率)との関連性が最も高いのは女性管理職比率だそうです。女性管理職を育てるためにどのような投資をいくらしたのか、それも開示していくこともよいかもしれません。
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■4.2017年6月のメルマガ
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実は、私は2017年6月のメルマガで「人は財産だ、というのであればBSに資産計上できるのでは?」ということ書いていました。
(メルマガ№54 会計基準からみた「人」 )
この記事では人への支出(投資)をBSに計上するのに、誰もが納得する基準を作るのは難しく実現は困難だろうという論文を紹介しつつ、そのうえで「頭の体操」として、人をBSに計上すると面白い結果になるのではないかということを下記のように記載しています。
『例えば新入社員は一律〇〇円。その金額は例えばその企業の平均勤続年数で支払う給料を現在価値に引き直した金額とします。そして、教育にかけた教育訓練費も資産の価値を増加する投資です。教育をすればするほど、資産価値があがっていきます。OJTを行った時間の上司の人件費相当額も投資となり部下の資産価値を上げていきます。上司は、部下の資産価値を上げるほど評価されることになります。基本的にはどんどん成長していきますので人の帳簿価額はどんどん上がっていきます。
ところが、「活躍が期待できない」となると資産ですので減損の検討の対象となります。そして「ある価値」まで減損をしなければいけません。「活躍が期待できない」のは、収益を上げられないだけでなく、部下の資産価値を上げることができないこと、ルール違反等が多い等コンプライアンス視点も当然入れて考えます。コンプライアンス経営を進めて行くのであれば 当然の評価基準です。
その結果、貸借対照表を見れば、ブラック企業で人がすぐやめていたり、従業員の教育に投資していなかったりすると、その企業では「人」の資産価値が小さくなり、人的投資をしていない企業ということが明らかになります』
このような会計が実現する可能性は低いですが、最近は人的資本の投資について様々な開示項目が増えてきました。例えば下記のようなことは非財務情報に記載しても面白そうです。
・ヘッドハンティングのために支払った手数料と採用した人材の活躍
・従業員の教育投資プログラムと支出した金額、それによる業務の付加価値の増加
・企業価値を生み出す従業員の定義
・従業員のうち、多様な職場(転勤、駐在、出向等)を経験した割合
・360度評価等で人材育成に積極的だと部下が評価した管理職の割合
今後も非財務情報の開示は拡充されていくでしょう。企業価値を生み出す人的資本への投資は何か、それがどのように企業価値の向上に資するものとなっているか、それをどのように投資家に開示し、評価してもらうか、試行錯誤をしていく必要があるでしょう。
本日もAW-Biz通信をお読みいただきありがとうございました。
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