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不正

vol.217 日本郵便の点呼不備問題の真相

ビズサプリの久保です。
あっと言う間に一年が過ぎようとしています。クリスマス飾り、年賀状書き、年末の掃除・・・なんだか慌ただしい時期です。
今年も上場企業の大きな不祥事が報道されました。その中で今回のメルマガでは、日本郵便の事案を取り上げたいと思います。

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■ 1.事案の概要
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自動車運送業を行うものに対しては、業務前点呼、業務後点呼及び業務途中点呼のそれぞれの実施内容が法令によって定められています。また、2011年5月より、運送業などの緑ナンバーの自動車を保有する事業者は、点呼時のアルコール検知器の使用が義務付けられました。

日本郵便では点呼が実施されていなかったにも拘わらず、どういう訳か、点呼記録簿にはその実施記録がありました。その後の調査により3,188局の75%に相当する2,391局で点呼業務における不備があり、点呼記録簿の改ざんが約10万件あったことが判明しました。

それを受けて、2025年6月、自動車運送業を管轄する国土交通省が一般貨物自動車運送事業の許可を取り消しました。これは日本郵便にとって大変なことで、2,500台の郵便トラックの使用ができなくなることを意味します。この許可取り消しは今後5年間続くため、日本郵便は使えなくなった2,500台のトラックを売却する方針とのことです。

会社名が似ていて紛らわしいですが、日本郵便は、国が主要株主のプライム上場企業の日本郵政の子会社です。日本の郵便事業を一手に引き受ける日本郵便が、このように事業の基本に関わる重大な法令違反をしていたことは大きな驚きでした。

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■ 2.多額の集配運送委託費が発生
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日本郵便は、自社のトラックなどが使えなくなるので、郵便配達業務を続けるためには他社への運送委託を行うしかありません。その結果、2025年9月までの中間期において集配運送委託費が347億円増加(前中間期比)しています。

日本郵便の2025年3月期の連結決算を見ると、営業収益は3.4兆円ですが営業利益は35億円です。これに比較すると、半期で約350億円、通期では700億円を超える経費の増加は非常に痛いと思います。許可の取り消しは今後5年間続くため、今後の業績への影響も避けられません。

なお、郵便料金の値上げが昨年秋にあり、JPトナミグループの子会社化がありましたので、2026年3月期通期業績予想の営業利益は40億円となり、当期損益への影響は緩和されています(日本郵政2026年3月期第2四半期決算説明資料)。

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■ 3.事案発覚までの経緯
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2022年4月と2023年11月に社内の内部通報窓口に点呼不備に関する通報がありましたが、「違反に該当する事実は認められなかった」などと、日本郵便側から回答しています(2025年6月17日付朝日新聞デジタル)。

その後、2024年5月に横浜市の戸塚郵便局において、配達員の勤務後に管理者がアルコール臭に気づいたことから、飲酒運転が発覚しました。日本郵便はその直後に全国の郵便局に点呼徹底を通知しましたが、全国の郵便局で点呼の調査を開始したのは2025年3月でした(2025年4月8日付朝日新聞デジタル)。

75%の郵便局で点呼が実施されていない状況であったにも関わらず、毎年実施していたはずの内部監査においては、点呼記録簿だけによる監査を実施し、点呼の実施を確認していませんでした。この事案の場合、第三者委員会が設置されなかったので経営者や取締役会の行動は分かりませんが、内部通報への対応や内部監査報告を聴取した結果、問題ないと判断していたものと想像されます。

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■ 4.内部監査が弱体すぎる
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この事案では、検査部門による内部監査の監査手続が不十分でした。不備のない点呼記録簿を見て点呼が実施されていたと判断したことにより、重大な法令違反を長年に渡って見逃すことになってしまいました。

本事案の場合、現場の点呼監督者と運転者の共謀がないと不正な点呼記録を作成できません。この共謀がないかどうかについて、管理者がどのようにモニタリングしていたかを質問し、観察によりそれを確かめることが必要となります。

「飲酒運転するはずがない」という思い込みや、法令の軽視がないかどうかも監査のポイントでした。少しの違反があったとしても、過去の経験から、一般貨物自動車運送事業の許可取り消しには至らないと思っていた可能性もあります。

しかし、75%の郵便局で点呼業務不備があった調査結果を見ると、国土交通省としては見逃すわけにはいかなかったものと考えられます。過去の内部監査において、多くの郵便局での点呼業務不備が見つかっていたら、早いうちに改善対応できたと思います。

本事案は、内部監査人の資質の問題もありますが、品質の低い内部監査を長期間放置したガバナンスの問題と捉える必要があると思います。

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■ 5.製品品質検査問題との類似性
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この日本郵便の事案は、近年数多く発生している製品品質検査不正の事例において、検査記録の改ざんが常態化していた状況と非常に似ています。製品検査を十分実施せず、検査記録では実施したことになっていた事例です。

製品品質検査問題に関しては筆者も調査委員として関与した経験があります。その検査の方法やその結果の判断は技術的で、素人には容易に分かりません。この内部監査に当たっては、製品検査の技術的な内容を熟知する専門家を参加させる必要があります。

しかし、日本郵便の場合は、点呼を実施したかどうかですので、内部監査の実施に当たり、専門知識はほとんど必要ない事例でした。

カテゴリー
会計
内部統制
ガバナンス
不正
IT
その他
執筆者
辻 さちえ
三木 孝則
庄村 裕​
花房 幸範​
久保 惠一​​
泉 光一郎

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