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vol.196 もしも上場会社が買収提案を受けたら?

皆様、こんにちは。アカウンティングワークスの花房です。

まだ日中は暑い日もありますが、朝晩は大分過ごしやすくなってきました。私は事務所に行く際には必ず近くのコンビニでコーヒーを買うのですが、夏の間ずっとアイスコーヒーだったのが、ふとホットコーヒーが飲みたくなりました。このターニングポイントとなる気温は、個人差はあるのでしょうが、例えば冬のメニューの定番の1つであるおでんは、コロナ禍によりレジ横で取り扱うコンビニ店舗が激減してしまったものの、かつてセブンイレブンのおでんが1年で一番売れる時期は、9月だったようです。2番目に売れるのは10月で、気温が徐々に下がり出したころが一番、暖かいものの需要が喚起されるようです。

このように、消費行動は人の感情や心理に左右されることから、心理学と経済学を融合させた学問として行動経済学があり、行動経済学を実業に取り入れて成功した1人がセブンイレブンの生みの親である鈴木敏文さんですが、そのセブンイレブンは1号店が1974年にオープンしてから、今年で50年目を迎えます。その節目の年に、セブンイレブンを傘下に持つセブン&アイ・ホールディングス(以下、7&i)が、カナダのアリマンタシォン・クシュタール(以下、アリマンタシォン)から買収提案を受けました。

7&iの株価は、買収提案が判明した8月19日以前は1,700円台でしたが、判明後は、提案された買収価額である14.86USドルの円換算額に近似する2,100円前後で推移しています。7&iは、時価総額だと約5.6兆円の企業であり、もし7&iが買収されることがあれば、海外企業が日本企業を買収する案件(「アウトイン」と言います)では過去最大規模となります(従来は、米ベインキャピタル等による東芝メモリの買収額である2.3兆円が最大)。

日経新聞の記事によると、2023年までの20年間では、日本企業が海外企業を買収する案件(「インアウト」と言います)の件数は1万535件に対して、アウトインは4,226件と半分以下(さらに買収金額累計ベースだと、インアウトの136兆円に対して、アウトインは42兆円と、クロスボーダーM&A案件の約2割)であったことを鑑みると、潮目が変わっているようにも思えます。要因の1つには、現在は年始の水準に戻って来ているものの、急激に進んだ円安と、経済産業省が2023年に定めた「企業買収における行動指針」も影響しているように思います。同指針は、日本で共有されるべきM&Aに関する公正なルールとして策定されたものです。本メルマガでは、上場企業が買収提案を受けた場合のあるべき対応について考えてみたいと思います。

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■ 1.上場会社の経営支配権を取得する買収一般において尊重されるべき3つの原則
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「企業買収における行動指針」(以下、「本指針」)は、公正な M&A市場における市場機能の健全な発揮により、経済社会にとって望ましい買収(企業価値の向上と株主利益の確保の双方に資する買収)が生じやすくすることを目指して、原則論及びベストプラクティスを提示するために、2022 年 11 月に立ち上げられた「公正な買収の在り方に関する研究会」での議論を経て、2023年8月に公表されたものです。

本指針では、買収者が上場会社の株式を取得することでその経営支配権を取得する行為を主な対象としていて、その際に尊重されるべき基本原則として次の3つを示しています。

第 1 原則:企業価値・株主共同の利益の原則

『望ましい買収か否かは、企業価値ひいては株主共同の利益を確保し、又は向上させるかを基準に判断されるべきである。』

これは、対象会社の取締役が会社の企業価値を向上させるかどうかの観点で買収の是非を判断することに加え、買収に応じる前提として、株主が享受すべき利益が確保される取引条件を目指して合理的な努力が行われるべきことを求めています。株主が享受すべき利益とは、「買収を行わなくても実現可能な価値」は最低限であり、「買収を行わなければ実現できない価値」の公正な分配がより確保されるべき、との考え方です。

第 2 原則:株主意思の原則

『会社の経営支配権に関わる事項については、株主の合理的な意思に依拠すべきである。』

これは、最終的には株主が決定するということで、上場会社の買収は、公開買付けへの応募等を通じて株主の判断を得る形で行われることになります。

第 3 原則:透明性の原則

『株主の判断のために有益な情報が、買収者と対象会社から適切かつ積極的に提供されるべきである。そのために、買収者と対象会社は、買収に関連する法令の遵守等を通じ、買収に関する透明性を確保すべきである。』

これは、買収が企業価値向上をもたらし(第1原則)、その適切な利益分配を得る形で株主が判断する(第2原則)としても、その判断のためには十分な情報が必要であるが、買収者や対象会社の取締役会と株主の間には情報の非対称性があるので、買収の是非や取引条件に関する正しい選択を株主が行うために情報提供がなされなければならない、ということです。そのため、買収者は公開買付届出書等で説明責任を果たし、対象会社の取締役会は、当該買収が企業価値の向上及び株主利益の確保に資すると考えるか、より望ましい方策が他にあるかについて、自らの利害を離れて、自らの意見を株主に示すことが求められることになります。

本メルマガの執筆時点においては、アリマンタシォンの買収提案に対して7&iは、「賛同出来ない」と回答しています。7&iは買収提案を受けて速やかに、取締役会議長が委員長として独立社外取締役のみで構成する特別委員会を組成し、財務/法務アドバイザーの助言も受けつつ複数回の会議を行いました。そして7&iの取締役会は、特別委員会からの全会一致の推奨に基づき、入念な精査及び協議の結果、アリマンタシォンの提案は7&iの株主、その他のステークホルダーの最善の利益に資する提案ではない、と全会一致の結論に至ったとのことです。

理由は大きく2つあり、1つは現在7&iが既に行っている、あるいは実行を検討している追加的な施策による潜在的な株主価値の短中期的な実現について著しく過小評価していること、もう1つは、米国の競争法当局との関係で直面するであろう複数の重要な課題について適切に考慮されておらず、クロージングの確実性が担保されていないと考えていること、としています。

買収提案の具体的な内容は公表されていないため、具体的にアリマンタシォンの買収提案が7&iの企業価値をどのように高めようとしているのか明らかではありませんが、現取締役会の行っている戦略の方が本源的価値を顕在化出来る、という判断と思われます。その意味で、本指針の第1原則に沿った判断であり、また上記回答を公表したことは、第3原則の透明性を遵守した対応と言えます。

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■ 2.買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範
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まず、経営陣又は取締役は、経営支配権を取得する旨の買収提案を受領した場合には、速やかに取締役会に付議又は報告することが原則です。本来、株主にとって望ましい買収が顕在化する機会を失わせるべきではないからです。

そして、取締役会では、「真摯な買収提案」に対しては「真摯な検討」をすることが基本となります。「真摯な買収提案」とは、具体性や正当性、実現可能性が合理的な提案であり、取引条件がない、買収後の経営方針が示されていない、買収資金の裏付けがなかったり当局の許認可が得られる蓋然性が低いような提案は、「真摯な買収提案」に該当しない可能性があります。

取締役会の結果、買収に応じる方針を決定する場合は、株主にとってできる限り有利な取引条件を目指した交渉を行うべきです。その交渉には、買収に関する事実を公表し、公表後に他の潜在的な買収者が対抗提案を行うことが可能な環境を構築する、あるいは積極的に競合となる候補を探したり、部分買収ではなく全面買収に切替える等の努力も、取締役会としては必要な場合もあるでしょう。

また、買収の当事者や取締役会からの独立性確保や、経営陣が保身を図ることのないよう、公正性担保措置として、特別委員会の設置や外部のアドバイザーの助言等を求めることが必要となる場合もあります。

なお、買収防衛策のような対抗措置には慎重になるべきであり、最近では、導入企業数は減少傾向にあるようです。

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■ 3.平時からの経営努力が一番大事
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「行動指針」は、買収提案がなくても「平時から経営努力を尽くすことで企業価値を高める」必要性も強調しています。コーポレートガバナンスコードでも要求されていることですが、上場会社は持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために、現状の課題を洗い出して経営戦略や経営計画を議論したり、定期的な事業ポートフォリオの見直しを行うこと、投資家との対話や情報開示の充実、社外取締役を増やすことで取締役会の独立性を高める等、常日頃からの企業価値向上に向けた取組みを行うことが必要です。そのことが、買収提案を受けた際に、現経営陣が経営する場合と買収提案のどちらが企業価値の向上に資するか比較検討することにも役立ちますし、株価向上を通じてそもそも買収提案を受けないことに繋がると考えます。

アリマンタシォンによる買収提案は、買収金額の引き上げを検討していると言われており、まだ第一ラウンドが終了したところかもしれませんが、7&iの外為法の業種区分が、海外投資家から出資を受ける際に事前届け出が原則必要となる「コア業種」になったことにより、買収のハードルが上がったとの見方もあるようで、今後の展開が気になるところです。

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企業買収というと、2000年代初めはバブル崩壊後10年近く経済が低迷した結果の業界再編の需要が多く、また会社法(当時の商法)改正で純粋持株会社が解禁されたり、株式交換や株式移転の導入により買収の方法が多様化したこと等が、日本企業同士のM&A件数の増加に繋がる一方で、一部の買収が「敵対的」と言われたりしてネガティブなイメージが払しょくしきれない言葉でもあります。しかしながら、人口減少等の日本の課題に対する活路や、新陳代謝の戦略としてのM&Aの必要性は今後も増大すると考えます。

グローバルなM&A案件では、日本製鉄による米鉄鋼USスチール買収も、経済安全保障を理由として判断が先送りされる公算が大きくなったようで、アメリカがまた保護主義に舵を切るのかどうか、新大統領選の方針によるでしょうし、日本側も自民党の総裁選が2日後に迫り、日米両国の国のリーダーがどうなるか、その行方が気になるところです。

このような不確実性の高い時代において、ある日、自分が取締役である上場会社が突然、買収提案を受けないとも限りません。いつ何時そうなってもいいように、上場会社の皆様方は、慎重な経営を心掛けるべきですが、その拠り所として、「その選択が当社の本源的価値を高めるかどうか?」、を意識して頂きたいと思います。

本日もAW-Biz通信をお読みいただき、ありがとうございました。

カテゴリー
会計
内部統制
ガバナンス
不正
IT
その他
執筆者
辻 さちえ
三木 孝則
庄村 裕​
花房 幸範​
久保 惠一​​
泉 光一郎

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